駄女神リコ登場
「えー、とりあえず元勇者ってのは俺だ」
仕方がないのでドアの時間を戻し、リビングで話を聞くことにした。
「えっ……?」
ものすごく驚かれた。
目を見開き、疑いの眼差しへと移行する過程をはっきり観察できたぞ。
「まあそういう反応よね。見た目普通のおじさまですもの」
「いいんだよそれで。で、わざわざ女神が訪ねてくる理由ってなんだ?」
「わかるのですか?」
「勇者だって言ったろ。そこはいいから話を進めてくれ」
いちいち面倒な会話なんてせずにすっ飛ばす。
こちとらゆったり生活したいんだ。早く帰らせよう。
「でははじめまして勇者様! リコです! 好きなご飯は全部です!!」
「帰ってくれ」
「そんな!?」
「お前駄女神だな?」
駄女神。それは魔王より邪神よりタチが悪い災厄。
学校のプールを想像して欲しい。
深夜四時四十四分の第四コースより足引っ張ってくる。
水底どころか絶望のどん底へ一直線だ。
「思い出した。リコちゃんは女神界では並ぶものなしの食通を自称している子よ」
「有名なのか? っていうか自称て」
「でも一番ご飯を食べます!!」
「うっせえ。量が食えるからなんだっつうんだ」
いかんこれ波乱万丈どころじゃなくなる。
こんなん胃が痛くなっちゃうだろ。
「女神界のSNSで食レポが大好評です。今度書籍化します!!」
「よかったな。執筆作業に戻りやがれ」
「元勇者様に助言をいただきたくて、これ女神界の実家で取れたりんごです。よろしければどうぞ」
かごの中に新鮮なりんごがいっぱいある。
二十個くらいあるな。一個もらって食ってみた。
「おぉ、うまいじゃないか!」
みずみずしさと繊細な甘味や酸味があって気に入った。
そういや昼飯にデザートなかったな。ちょうどいいや。
「あ、おいし。いいねこれ。あとでパイにしてあげる」
「よし、話を聞こう」
りんごのお礼をしてやらないとな。
アップルパイも楽しみだ。クシナダは俺に負けず料理がうまい。
「勇者パーティーがピンチなんです。なので元勇者様に助言をいただきたく……」
「あー元勇者ってのもアレだな」
呼ぶにも長いし、もう勇者じゃないのに肩書に縋るみたいで嫌だ。
「今はただのおっさんだ。勇者はおやすみ」
「ではなんとお呼びすれば?」
「じゃあアキラで」
前によく使っていた名前だ。多分本名だと思う。
もう本名とかぼんやりしている。名字は完全に忘れた。
「ではアキラ様で。その、そちらの女性は女神……ですよね? この世界担当はわたしのはずですが」
「私は先生についてきただけ。ここで同居している女神のクシナダ。よろしくねリコちゃん」
「はい、よろしくお願いします!」
「じゃあ要件を聞こうか」
「その、まだ新米女神で……お告げがうまくできなくて……」
女神が勇者にする助言のことか。
少し古いゲームのオープニングをイメージすればいい。
勇者に向けて『聞こえますか? 私は女神。どうか世界を……』的なやつだ。
「まだ力の弱い勇者一行は、王都から近い場所へ順番に行ってもらうことにしたんです」
まあそうなるわな。
序盤は雑魚狩りと、易しめのダンジョン。これはゲームでも異世界でも一緒。
「一番近かったダンジョン、難攻不落の超巨大迷路でもう二日も勇者たちが迷っていて」
「しょっぱなに行かせるもんじゃねえだろ!」
「階層は一階だけなんです。地下もなくて、陽の光も入ります」
「よっぽど広いのかな?」
「はい。30キロ四方の巨大迷路で……」
「行かせんなやそんなもん!」
迷うに決まってんだろ。ああもうこいつマジで駄女神だ。
俺も何度となく遭遇し、旅をしっちゃかめっちゃかにする存在。
最近爆発的に増えている、ダメダメな女神。
「地図見て誘導してやれ」
「迷路が特殊なのか、一日に一回、十分しかお話できなくなっちゃいました」
「ああもう……帰還魔法とかないのか?」
「まだレベルが低いパーティーですから」
「マジでなんで行かせた?」
「勇者様ですから、そのくらいはできるだろうと」
勇者という言葉に期待かけすぎたか。
新米女神なら稀によくあることだ。
「ですから、なんとか最深部まで案内してあげたいと」
「帰してやれって! 死ぬぞ勇者!」
「最深部に伝説の剣があるんです。それがないと魔王が倒せません。それに先程、全世界に向けて邪神の魔力が溢れ出しました」
ん? 邪神? なんかさっき聞いたようなワードが飛び出しましたよ。
「邪神はどこかへと姿を消しました。まるでこの世界から存在そのものが消えたかのように。もう一刻の猶予もありません。なんとしても勇者の手で邪神を倒さなくては!!」
「ああ、うん……そう……だな」
「魔王だけでなく邪神が復活した今、勇者が邪神を倒し、その記録を女神界に報告し、この世界に新たな英雄譚を記録するのです!」
やばい。あれ俺が倒しちゃダメなやつだったのか。
そういうの先に言って欲しいです。いかん勇者の役目を奪っちまった。
勇者活動禁止中なのに倒してしまったぞ。
「なので最深部に刺さっている超伝説勇者ソードを持ち帰る必要があります」
「名前だっさいなおい」
「なんと伝説の勇者の剣なんです!」
「名前でわかるわ!」
「流石は元勇者様です!」
俺は馬鹿にされているのだろうか。
「ふふふ……なんだか愉快じゃない。協力してあげましょ先生」
「アキラ様はお強いのですよね?」
「まあそれなりに」
「ならしばらくの間だけでも、勇者パーティーに同行していただけませんか?」
そうくることは読めていた。だが認めん。認めるわけにはいかんのだ。
「悪いが絶対に家から出ないぞ。最低でもこの湖がある敷地から出ない」
「どうしてですか?」
「スローライフっぽくないからだ」
また勇者に逆戻りじゃないか。勇者活動は禁止。なので同行できんしな。
「先生はね、スローライフという言葉の呪縛から開放されていないのよ」
「呪縛? 呪いですか?」
「ある意味ね。面白いでしょう?」
「よくわかりません」
だろうね。俺もよくわからん。だが必ずやり遂げてみせるぜ。
「まあいいさ。家から全部やるだけだ」
指先に小石サイズの小型監視衛星を錬金術で作り出し、宇宙へと転送。
あとは自宅の液晶テレビに魔力で繋げて、勇者を監視。
これでいい。極めたら魔法も科学も似てくるというだろう。
両方極めればごっちゃにして使えるのさ。
「勇者ってこいつらか?」
迷宮の、おそらく安全な場所なのだろう。泉のある場所。
そこにお疲れ気味の三人組が映し出された。
「そうですそうです!! 凄い! なんですかこれ!! こんなマジックアイテムがあるなんて知りませんでした!」
「気にするな。こいつらがこの世界の勇者か。なるほど、才能はありそうだな」
ざっくり検査魔法発動。
女勇者はオールマイティ。長い金髪で武術でもやっているのか引き締まった身体。
魔法使いの女はとんがり帽子とローブのテンプレ。赤毛で回復と攻撃魔法の両刀。
暗殺者風の男は黒装束に紺色の髪。口元を布で隠した忍者かな。武器を色々持っている。
「素質はあるみたいね」
「ええ、大切に育てたいですね」
「どの口が言っているのさリコちゃん」
「帰すにも敵は増えますし、剣の神秘パワーで倒すのがよろしいかと」
勇者の剣が気になったので、この世界の真理をぱぱっと検索。
世界誕生からの色々をざっと読めば、ほぼすべてが理解できる。
あんまりやると異世界がつまんなくなるので、普段は封印安定だ。
「性能こんなもんか。普通だな」
今回は非常事態。もう検索も終わった。
空中に立体映像を出す。テレビは勇者を監視するために使おう。
「こんなに緻密な……これだけの情報、どうやって集めたのです?」
「真理を読んだ」
「はい?」
「真似してはいけないよ。女神でも精神が耐えられないからね」
ぱぱっと最短ルートを表示。巨大迷路は伊達じゃないと理解した。
「勇者の剣は……まだ遠いな」
「ではそこまでの最短ルートを……」
「いや帰してやろうって。また来ればいいんだし」
まだ入り口からそう遠くはない。
今なら戻れるはず。
「それは気まずいですよ」
「お前が気まずかろうが命を大事にいこう」
「いえその、入り口付近を見れますか?」
言われてちょいと見られるようにしてやる。
なんかやたら人がいる。横断幕とかありますよ。
勇者様伝説の剣おめでとうとか書いてある。
「すでにみなさん歓迎ムードです」
「うっわ気まずいなこれ!?」
これ失敗して帰れねえだろ。
絶対がっかりされるやつじゃん。
「勇者様誕生記念カレーとか配ってるわねえ」
「勇者で商売する気満々だな」
「こんな状況なので、なるべく取らせてあげたいんです」
しょうがねえ最終手段だ。
ダンジョン内に俺の魔力を染み込ませ、世界の記録を画面に出す。
「何をする気ですか?」
「ダンジョンの構造ごと全部作り直す」
「はい?」
勇者たちのいるフロアの先を広い中継地点へ。
その先を伝説の剣エリアへと書き換える。
この程度なら容易い。魔法と世界改変能力で楽勝だ。
「よし完了。あとは剣取らせて帰らせよう」
「…………凄い……何をしたのかすらわかりません。こんな高度な魔法……魔法ですかこれ?」
「この人を基準にしてはいけないよ。本来の勇者はもっと弱いから」
あとはこいつにお告げで誘導してもらえばいい。
ついでに剣の性能をもっと詳しく見ておくか。
「…………ん? なんか弱くないか?」
画面に伝説の剣を出し、性能も見せる。
どう考えても弱いぞこれ。スペックが落ちている?
「度重なる激闘で、その力が弱まっているのでしょう。今回で魔王を倒し、邪神を完全封印する必要がありますね」
「ああうん……そうだな」
言えない。邪神倒しちゃいましたとか言えない。
とりあえず現地勇者がんばれ。
「ただ四天王には、全身ミスリルでできた、通称ガッチガチのガッキンという敵がいまして」
「そのまんまだな。多分切ろうとしたら折れるぞ」
「どうするの先生?」
あんまりにも弱いんで、適当に上昇ステータスだけ見て終わり。
これは勇者のスペックというより、剣の質が悪い。
幸いまだ勇者は剣を見たことがないし、能力も知らないだろう。
「よし、勇者が休憩している今がチャンスだ」
「チャンス?」
「俺たちで新しい剣作っちまおう」
どうせなら凄いやつをプレゼントしてやるか。




