研究を手伝ってみよう
勇者強化の依頼をしてから、俺たちはフォルテの屋敷で実験を手伝っていた。
「とりあえず一旦休憩だな」
「ああ、根を詰めすぎても無駄になる」
やりたいことは理解した。あとはそれとなく、ゆっくりと正解にたどり着かせてやればいい。優秀だから簡単に気づいてくれる。
「じゃあご飯ください」
「お前は自由すぎる」
リコが果物を口に詰め込んでいる。意地汚いからやめなさい。
というかお前はここに来る意味がないだろうが。
「確かに腹は減った。だが主人より先に、しかも勝手に食うとはどういう了見だ女」
「お腹が空いたからです!」
一切悪気のない純粋な目で言ってのける。こいつタチ悪いな。
「こいつだけでも帰らせてくれんか?」
「俺もそうしたい」
「おなかが減ったらリコは死んじゃうんですよ!」
「いっそくたばれ」
「ひどい!?」
ショックを受けながら次の食べ物を探してやがる。
その無限の食欲は何だよもう。
「そもそもアキラとどういう関係だ? 恋人ではあるまい」
「当然だろ」
「そうですね。まだ信仰と貢ぎ物が足りませんね」
「やかましいわ」
女神とどうこうなろうと思ったことはない。
旅のパートナー兼おもしろアイテムだからな。
そもそも仲間に欲情とか失礼すぎないかね。
「こいつこの世界の女神なんだよ」
「……………………はあ?」
まるっきり理解できないといった顔だ。そりゃそうだろう。いきなり女神とか言われて、しかもこんなやつだし。
「です! 食べ物を捧げてください!」
無駄に育った胸を張るリコ。残念度が上がるわあ。
「こんなのがか?」
「こんなのがだよ」
「こんなのじゃないです! ちゃんとした女神なんですよ!」
ちゃんとした女神は、人の家でご飯を要求したりしないんだよ。
「面倒な……そうだ、これなんだが」
フォルテが新しいゴーレムというか……自立人形を転送してきた。
貴族のようなドレスを着て、関節部分は金属製だな。
首から上はマネキンのようになっている。
「おおー、お人形さんですね」
「開発途中なんだが、より多機能にしたい」
「面白い。魔法技術で作るロボットもまた一興か」
特殊金属でボディを作り、コアから魔力を血液のように循環させている。
脆くなりがちな関節も強度を保ち、武器も内蔵できるようにしていく予定だな。
「綺麗ですねー。お料理とかできます?」
「なんでも食い物につなげるな」
「戦闘と雑用目的に作っている」
女性型というのがいまいち気乗りしないが、まあいいや。
もっとこう、リアル系のロボアニメに出てくる感じのフォルムと武装なら、俺のやる気は何割か上がる。
「エネルギーの問題もあってな」
「賢者の石やったろ」
「おかげで研究が進んだよ。だがもっと安全かつ永久機関にしたいのだ」
「よくわかんないです」
リコは完全に飽きたのか、ソファーでごろごろしながら果物を食っている。
お前は女神っぽさを少しは出してくれ。
「残る問題は、知能を別とすれば……」
「皮膚と顔だな」
「ああ、人間に似せて作る予定だ」
「腕からガトリングとか出そうぜ」
「なんだそれは?」
近代兵器みたいな知識は無いんだな。なら似たものを作るとして、どこまでこだわるかだ。フォルテの好みに合わせていこう。
「あとは飛行機能も欲しい」
「いいな。魔法でやるか?」
「そうなると、こいつでも使える魔法と、動かせる魔力を計算して搭載せねばならぬ」
「そこはすり合わせりゃいいさ」
「そうだな。助手の知識をあてにさせてもらおう。吾輩だけでは時間がかかりすぎる」
ちょいと設計図を見せてもらう。まだ内部を完全に作ってはいないようだ。
魔力循環機能以外は、ほぼからっぽと言っていい。
「俺がいなくても、時間かけりゃ調整はできるだろ」
「ああ、だが研究が間延びするのはよくない。推敲は必要だが、行き詰まるとろくなことにはならんぞ。だからこそ、お前の魔術知識と技術が必要だ」
「そんなに大変なんですか? 大賢者様なんですから、どーんとやっちゃえばできません?」
果物食い尽くして、暇だからか話に入ってくる。リコの食欲はどっからくるのさ。
「アキラがいるのだ、助手として活躍してもらうさ。こいつの凄さは知っているだろう?」
「確かにアキラ様は魔法とか得意みたいですけど、賢者さんだってすごい知識量ですよ。ご飯もくれますし!」
「そっちが本音か」
「アキラ様も好きですよ。お料理はおいしいし、魔法も使えますし。いっそお料理で天下一目指しましょう。それまでずっと味見役やりますから」
「絶対やだ」
理由をつけて飯食いたいだけじゃねえか。
「フォルテさんからも言ってあげてください。シェフとして三食毎日作ることが、一番研究効率を上げることだと」
「それは吾輩がこいつより優秀でなければ成立せんぞ?」
「違うんですか?」
本当によくわかっていないという顔だ。まあその世界トップクラスの大賢者が相手だし、普通はそう思う。むしろリコの考えが圧倒的に多数であるはず。普通の発想だ。
「おい、こいつ女神だろう。なぜこんな評価だ。そんなにお前の料理はうまいのか?」
「リコは俺が戦っているところをほとんど見ていない」
「なるほど、理解できていないのか」
別に俺の評価はどうでもいい。問題はスローライフができているかどうかだ。
「それより勇者パーティーはどうなった?」
「修行をつけてやることにした。今は基礎能力の増加と、新魔法を教えている」
「見込みはありそうだろ?」
「ああ、素材は良い。だが未熟過ぎる。時間がかかりそうだ」
ゼロから育てるってのは、労力も根気も必要で、正直めんどいのだ。
それでも強くしていく面白さはある。時間に余裕があるのなら、じっくり強くするのも手段だ。その世界に合わせよう。
「ちょっと見てみるか」
家からモニターを転送して、砂浜を走り込んでいる勇者一行を観察してみる。
「またよくわからん技術を……」
「これこの前のビーチじゃないな?」
「あれは観光用だろう? これは魔物の出る砂浜だ」
イカだの二足歩行の魚だのが勇者たちを襲う。
ランニングで疲れているのに、この仕打ちだ。
でも戦えているあたり、やはり素質はある。
「あれ食べられます?」
「そればっかりか」
「やめておけ、特別な処理をせねば腹を……女神の腹とはどうなっているのだ?」
「あるやつもいるし、ないやつもいる」
こればっかりは個体差である。ちなみにクシナダは切り替えられるのに、なぜか俺と同じ人間っぽい構造にしているらしい。俺と同じがいいらしいが、不便じゃないのかね。
「リコは概念と受肉の中間ですね」
「それで燃費悪いんじゃないだろうな?」
「むしろ食べる量を減らして、なんでも食べられるようにしたんです」
今よりまだ食えるんかい。こいつ俺がいなかったらどうやって生活していたんだろうか。
「アキラ様とクシナダさんのご飯がおいしいのが悪いんです。もう料理長として君臨してください」
「やだ。スローライファーがいい」
「……そういえば、そのスローライファー? とやらの前は何をしていたのだ?」
「アキラ様は元勇者様ですよ」
「なぬ? アキラなどという勇者は聞いたことがないぞ」
「別に知らなくていいんじゃね?」
この世界には、来た時からなーんもしていなかった。
完全にだらだらするだけ。リコが来て台無しになったけど。
「吾輩は強者の名前と顔くらい把握している。魔力もな。だがまったく知らん。ありえんぞ」
「別に有名になろうとしてないからな」
「だとしても噂すら知らなかったぞ……どうしてそこまで名誉に無頓着だ?」
「どうせ違う場所行ったら使えないだろ?」
異世界を移動しながら遊び歩いていたからな。
どうせ名声だの地位だのがあっても、次の世界には引き継げない。完全に無駄である。面白くもないレベル上げをずっとやらされて、最後には無駄になる感じだ。
「そんなことはどうでもいい。飯の時間だろ? フォルテ、料理できるか?」
「吾輩は万能だ」
「よし、リコに料理をさせる」
ちょうど勇者パーティーも休憩して、キャンプ料理を作り始めていた。
いい機会だし、リコを第三の料理当番として覚醒させてやる。
「えー」
「えーじゃない。自分の分を自分で作ることで、食材を大切にすることを教えてやる」
「大切に残さず食べますよ?」
「そこだけは褒めてやるが……フォルテ、魔導人形に料理のデータ入れようぜ」
「面白い。少し待て。食材と手順を入力しておく。手元をよく見せろ」
そんなこんなで万事順調に進んでいた。いいぞ、このまま俺は自由な生活を極めるのだ。何も起こらず、楽しく毎日が終わればそれでいいんだからな。




