大賢者と元勇者 フォルテ視点
屋敷で残り少ない茶葉を使い、紅茶をいれては本を読む。
買い物にでかけた際、運悪く四天王を見つけ、綺麗なビーチを汚されぬために戦った。
だがおかげで買い物もせず帰ってきてしまった。
「無駄な時間を過ごしたな」
いまさら買いに行くのは面倒だ。日をあけてからにするか。
「すみませーん」
男の声がした。
この屋敷周辺は結界が張り巡らされている。
玄関まで反応なくたどり着けるとは、どこかの刺客か。
いや、なら声を出さないだろうし、玄関には来ない。
「すみませーん! 大賢者様に相談があってきましたー!」
運悪く使用人はメンテナンス中だ。
正体不明の男に会うのは気に入らんが、玄関で騒がれても迷惑である。
「ちっ、吾輩が行くしか無いか」
玄関前へ転移。扉越しに話を聞こう。
「誰だ?」
「おっ、すみません。大賢者様に相談がありまして」
覗き穴から見えるのは、どこにでもいそうな平凡極まりない男。
その後ろにやたらスタイルのいい美女がいる。両方知らんな。
「何の用だ? 吾輩は忙しい」
「勇者についてです」
あの弱小勇者どもか。おそらく関係者なのだろう。
「お土産にスパイシーチキンセットと紅茶買ってきましたよー」
男の手には高級茶葉セットとチキンが大量に入ったケースがある。
少し心が動く。
「まず名を名乗れ。何者だ」
「おっと失礼、俺はアキラ」
「私はクシナダよ。よろしくね」
聞かない名前だ。この地方の名付け方ではない気がする。
埒が明かん。渋々だが扉を開けてやった。
「勇者についてと言ったな。一応話だけは聞いてやる」
「大賢者様に勇者パーティーを鍛えて欲しいんですよ」
「はあ?」
要求があまりにも異次元だ。ここまで予想外の人間は久しぶりだな。
「勇者たちはまだ弱い。なんで勇者と魔法使いを重点的に鍛えてやって欲しいんです」
「どこかの宮廷魔術師でも呼べ。あの程度のザコどもなら、それでも多少の修行にはなるだろう」
「どうせなら強いやつに師匠になってもらった方がいいかなと思って」
たまにこういうアホが湧く。
くだらん。どういうつもりか知らないが、適当に無理難題でも出して追い払おう。
「吾輩は全世界ナンバーワン。究極の大賢者だぞ。願い事をするにしてもそうだな、たとえばそう、あの有名な賢者の石くらいは用意してもらわんと……」
「十個でいいか?」
「そうそう、十個……は?」
やつが両手に抱えている石の山。あれは間違いない。賢者の石だ。
滲み出る魔力と材質。吾輩が見間違えることなどありえん。
「おっ、お前……それ」
「こんなもんでいいなら毎月十個届けるぞ」
「賢者の石定期購入するやつがどこにいる!! 野菜じゃないんだぞ!!」
「じゃあ野菜もつけるよ」
「ちっがあああぁぁぁう!!」
どういうことだ。こいつはなぜ賢者の石を持っている。
採掘場所か製造方法を知っているとでもいうのか。
「これと野菜で、魔法使いに稽古つけてやってくれよ」
「野菜も石もいらん! 帰れ!」
「ほらチキン食うか? ちょうど夕方で腹減ってるだろ? 毒は入っていないから安心しろ。ほら食っても死なないだろ」
言いながらチキンむしゃむしゃ食いおって。
緊張感というものが欠片もない。自分がどれほど偉大な存在と対面しているかすら理解できんのか。
「石邪魔くっせ……」
「チキンの空き箱に入れるな!! 油でべっとべとになるだろうが!!」
「別にこんなもんいくらでも出せるし」
「なんでだ!! それを作れる人間なんぞ吾輩くらいだろう!!」
食い終わったチキンの箱に入れて渡そうとするんじゃない。
こいつの価値観が理解できん。賢者の石だぞ。
吾輩が作るのだって、高価な材料と膨大な魔力が必要だと言うのに。
「報酬が不服なの? レアアイテムだと思うわよ?」
「…………鍛えるということは、吾輩の研究時間が減るということだぞ。そもそも勇者にちゃんと話は通してきたんだろうな?」
「すまん、それはできないんだ」
「意味がわからん」
鍛えて欲しいと願いに来るのなら、まず勇者に話すのが筋だろう。怪しいにもほどがある。
「そっちから鍛えてやると持ちかけて欲しい」
「先生は勇者活動禁止なの。だから勇者と直接接触できないのよ」
「貴様ら本格的に意味がわからんぞ」
頭のおかしい連中だ。なんだ勇者活動って。なぜ禁止しているのだ。
「貴様何者だ? 普段何をしている」
「俺はあれだよあの……そう、スローライファーだ!」
「帰れ不審者」
「今のはないわよ先生」
女が呆れ顔じゃないか。こんな不審者と会話などしていられるか。
「そっちの研究をしばらく手伝うよ」
「なんだと?」
「それならまあ……活動の範囲外かしら?」
「ちょっとした実験助手ならいいんじゃね?」
吾輩の研究を手伝う。言うのは簡単だが、そこらの凡夫どころか王国専属の魔道士ですらついてこれん領域なんだぞ。
「待て、魔法の心得があるのか? ならばなおさら自分で教えろ」
「勇者活動は禁止なんだよ。頼む。またチキン買ってくるからさ。のりしおチキンも買うぞ」
「チキンで釣ろうとするな! おい貴様、助手をすると言ったな? ならばテストしてやろう。どうだ?」
こうなればある程度手荒な方法で追い返すしかあるまい。
どう考えても不審者だ。最悪魔王軍の刺客かもしれん。
「いいぞ。どうすればいい?」
「外に出ろ」
外の演習場へ来た。ここは広い。さらに特別な鉱石と特性の結界で覆ってある。大暴れしても家は壊れない。
「助手にふさわしいかテストしてやる。軽く手合わせといこうじゃないか。吾輩と同じことをしろ」
十分に距離を取り、手のひらに男を包み込む程の火球を生み出す。大きさを整え、威力と火力は上げる。高等技術だ。
「これでいいか?」
瞬時に同じサイズの火球を生み出している。
「なっ!?」
気づいてしまった。あれがただの火球ではないことを。
その熱は決して外に漏れない。
だが一瞬、太陽を軽く超える温度になったと理解できた。できてしまった。
「でかい口をきくだけはあるようだな」
あれはただ物理的に燃やすだけではない。対象が精神体だろうと、どれほどの因果が複雑に絡もうとも、あらゆる可能性まで焼く。滅する炎だ。
「このくらいかな」
火力が弱まった。どうやら威力まで完全に吾輩と同質のものへ変えたようだ。
つまりさっきのは無意識でやったのだろう。
あの男にとって、あの威力こそが普通。もしくは弱めなのだ。
「少し興味が湧いたぞ、アキラとやら。吾輩の攻撃から生き延びろ。そうしたら修行の件は考えてやる」
「そっか、助かるよ」
即答か。炎を消し、ノーガードでつっ立っている。
まずはそのなめた態度を改めさせてやるか。
「バーニングブレイカー!」
一点集中された五千万度を超える炎のビームが、男の顔に直撃する。
「なっ!? せめて避けろ!」
「問題ないわ。先生だもの」
「やっぱ大賢者だな。魔法使いとはレベルが違う」
無傷だ。服すら焦げていない。ありえん。どうやった。
結界を張っている素振りはなかったはずだ。
「もっと本気でいいわ。悔いが残らないようにね」
「やかましい! フリージングブロック!」
氷の中へとアキラを収監し、魔力によって衝撃を加える。
「バラバラに砕け散れ!!」
氷が割れ、無傷のアキラだけがその場に残る。どんな頑丈さだ。
「…………ライトニングフィンガー!」
顔を掴み、直接体内へと七百億ボルトの電流を送ってやる。
これならダメージは通るはず。
「魔法の種類も豊富。戦闘経験も豊富か。凄いな」
なぜ普通に会話できるのだ。今だって電流は流れ続けているというのに。
「もっと殺す気で来ていいぞ」
「そうか。ならばこれで……どうだあああぁぁっ!!」
もう一度距離を取り、今度こそ手加減無しで魔力を開放する。
並の魔物ならば、この余波だけで完全に消滅するだろう。
「吾輩をただの魔法使いと思うなよ! ソウルエクスプロージョン!!」
全魔力を解放し、体に無駄なく循環させる。
魂の力を爆発的に高め続ける身体強化魔法だ。
「もらった!!」
魔法使いが接近戦に弱いという定説を否定するため、吾輩は独自に暗殺拳を極めている。
光速の八十倍で背後に回り、回し蹴りを首筋に叩き込んだ。
小国などこの一撃で地図から消える。
「接近戦もできるんだな」
吾輩の右かかとは、完全に首にあたっている。
なぜ倒れない。傷を負わぬものなど存在しないはず。
「ならばとことん見せてやろう!」
さらにスピードアップ。もっとだ。もっと魔力を上げろ。
手加減はしなくていい。限界まで攻撃を叩き込め。
一秒間に数億の乱打を絶え間なく打ち込み続ける。
「やるじゃない。この世界の人間は優秀ね」
「まったくだ。ここまで鍛えられるとは、尊敬するぞ」
素直に吾輩を褒めているのは理解した。いやみったらしさがない。本気で感心している笑顔を向けてきた。
おかげで覚悟が決まったよ。魔王以外には使わないと決めていたが、奥義を見せてやる。
「アキラよ、死んでも恨むなよ」
服を掴み、雲より高く投げ飛ばす。
地表に向けて撃っていい技ではないからだ。
「まさか人間相手に使うことになるとはな……」
この世界に存在する、あらゆるエネルギーを両手に収束。
そして集うエネルギーを光速循環させ、吾輩のオリジナルへと昇華させる。
質・量ともに最高峰だ。これだけの魔法をくらっては、跡形も残らんだろう。
この銀河を覆うほどの一撃となる。
「この技で、吾輩は十五の暗黒に染まりし銀河を消し! この世界の災厄と悪を粉砕してきた! 星も宇宙もただではすまんぞおおおおぉぉぉ!!」
全宇宙から、生物の活動と星の寿命に影響の出ない範囲でパワーを集めきった。
これで果てぬ生物など、最早生物でも神でもない。
「くらえ! ギャラクシーノヴァアアアァァァァ!!」
空中のアキラに向けて、おびただしい量の力が、死の概念が飛んでいく。
「ほれ」
何か投げてきた。その白い棒のようなものが魔法に触れると、すべてが打ち消されていく。
「なんだとっ!?」
猛スピードでこちらに飛んでくるそれは、白く短く、やつの手には似たようなものが……。
「鳥の骨!? あうっ!?」
しまった。思考が追いつかず、頭に骨が直撃してしまった。
致命傷ではないが、額が痛い。
「うぐぐぐ……バカな……どれだけ頑丈な骨だ……」
鳥の骨に壊れないよう、魔法でコーティングを掛け、手首のスナップだけで投げる。その風圧で攻撃魔法を切り裂いたのだ。
あろうことか、こちらの魔法をクッションにして、私が怪我をしない程度の威力まで骨の速度を緩めつつ。そのすべてが計算づくなのだろう。
「化け物かこいつ……」
ありえん。絶対にありえん。魔王軍幹部すら耐えることを許さぬ必殺の魔法だぞ。
こいつ何者だ。このわけのわからんフライドチキン食ってるおっさんが、これほど強いはずがない。
「チキン食いすぎた……すまん、今買ってくるよ」
「いらんわ!! ええい何なのだ! なぜ魔法が通じない!!」
「魔法も身体も、絶対に負けないようになるまで戦っただけだ。じゃあ冷たい飲み物も一緒に買ってくる」
「おい待て!!」
消えた。テレポートか。それでここまで来たんだな。
「先生の勝ちね。これで依頼を受けてくれると嬉しいわ」
確かクシナダといったな。今の攻防を見て、一切驚いていなかった。
「…………負けは負けだ。だがあの男はなんなのだ? 生物である以上、耐えられるはずがない。」
「強いのよ。あなたの魔法をくらっても死なないほどに」
本気でそう思っているようだ。迷いのない目である。
「不可能だ。最初の攻防で必ず死ぬはず」
「本当に? 最後のはともかく、この世界で一番のファイターは、本当に耐えられないの?」
「あの冴えない男が、それと同等の力があるとでもいうのか?」
同等どころか超えている。圧勝だろう。だが信じられん。どこにそんな力があるのだ。
「先生は全世界の全存在に、それが神であれ概念であれ人であれ、その存在の得意分野全部で圧勝できてしまうの。決して全力を出すことはできないわ」
「馬鹿げているな」
「無理もない反応ね。でもできる。武術も魔法も超能力も、料理もスポーツもゲームも執筆も演劇も、本当に全能なのよ。そうなってしまった」
「しまった?」
「先生はある種狂っているわ」
初めてその表情が暗いものとなった。
「先生の強さは弱点を全部克服していったうえで存在するの」
「興味深いな」
「人間は漢方飲んでバランスよく食事をし、筋トレすれば健康になるでしょう? そうやって弱さを克服していくはず」
言っていることは理解できる。人間の一般的な強さとはそういうことだろう。
「先生はそれを宇宙で生活できるようにとか、水銀ジョッキで飲めるとか、臓器が無くても平気とか、そういう頭おかしいレベルまで徹底してやっちゃった人よ」
「…………アホか。死ぬぞそれ」
「けど死ななかった。最初は加護もあったけど、生身でもできるようになった」
「お前の目的は何だ?」
「先生が楽しんでくれること。先生が休暇を満喫してくれること。先生こそが私の生きる意味よ」
なるほど。こいつはこいつでどこか狂っている。実力も心も底が見えん。
「食い物買ってきたぞ。みんなで食おうぜ」
アキラが帰ってきた。食料に雑貨まであるな。変に気を利かせる男だ。
「いいわね」
「わかった。勇者の件は受けよう。ただし助手もしてもらうからな」
「おう、ありがとな」
面白い。この男がどれほど強く、何ができるのか、考えただけで面白くてしょうがない。楽しい研究になりそうだ。




