鍋はいろいろ教えてくれる
勇者やめて、スローライフとは何かを手探りで求め続ける日々だ。
今日の俺は、こたつでだらだらしている。
「よし、いい感じだ」
「やっぱりおこたはいいわね」
「これがこたつ……あったかくて眠くなりますね」
みんなでみかん食いながら、うだうだするのだ。
リコの食うペースが速いが、そこは考慮して量を多めにした。
「そんなにみかんを食べると、あとでご飯が入らなく……ならないわね」
「はい!」
自信に満ち溢れた顔をやめろお前は。遠慮して食えよ。
「甘やかしすぎるなよクシナダ。そいつどんどん遠慮しなくなるぞ」
「いいじゃない。どうせ三人だけの時間よ。賑やかなくらいでいいのよ」
「そういうもんかねえ……」
いつの間にか、リコがいることに慣れつつある。
それがいいことか悪いことかは知らない。
けれど、こういう感じで絡んでくるやつは、もうずっといなかった。
新鮮なのは認めてやる。
「クシナダさんの優しさは異世界に響き渡る鐘の音が如し」
「褒めても飯の量は増えないぞ」
「きっと祈りは天に届くはずです」
「お前は届いた願いを叶える側だろうが」
勇者のことは真面目に考えているっぽいんだが……飯の話になるとダメだな。
食欲を減らせば、少しは優秀になるだろうか。
「リコちゃんは元気でいいじゃない。真面目な女神ばっかりだと、どこかで破綻しちゃうわ」
「破綻した結果が駄女神だと思うぞー」
「あっ、そうだ。クシナダさんって、女神界の偉い人なんですか?」
唐突にそんなことを言い出した。女神の偉さとか、いまいちよくわからんな。
「私? 特に役職なんて無いわよ。今は先生専属女神」
「うーん……クシナダさん、どこかで聞いた気がするんですよね……どこだったっけ」
首を傾げ、なんとか思い出そうとしているリコ。だが結局わからなかったようだ。
「気にしなくていいわよ。私は先生の相棒。パートナー。それ以外の肩書なんて邪魔よ。ほら、お鍋ができるわよー」
「わーいおなべ! お肉!」
見事に鍋で話題をそらされている。まあクシナダがいいならいいか。
今回はシンプルに季節の野菜とお肉たっぷり鍋だ。軽く出汁をとったら、後は食材任せだ。
「まず野菜から煮込むわよ」
「ではそれをリコが食べます」
「なんだその最悪な邪神は」
真面目に鍋を作らせる。味が落ちると言えば、素直に言うことを聞いた。
なんとなくコントロール方法がわかってきたかも。
「煮えるまで暇ですね。勇者の様子でも見ましょうよ」
「別にピンチってわけでもないんだろ? プライベートくらいゆっくりさせてやれ」
ずっと監視してなきゃいけないわけじゃない。個人の時間も作って欲しいだろうし、そっとしておこう。
「やることないのにお腹が空きます」
「なら敵の情報でも調べてみたらどうかしら?」
「なるほど……それならありだな」
適当にテレビを起動して、世界の真理と記録からデータを引っ張り、リアルタイムで世界のどこでも出せる。
勇者たちのいる大陸を調べてみたが、めぼしい強敵と四天王は死んだな。
「北には冷酷四天王がいますね」
「あの面倒な奴らか。しばらく北には行かせないほうがいいな」
軽く鍋の汁を味見。まだだな。もうちょい雑談しよう。
「東には獣魔四天王がいます」
「知らないの出てきたわね」
「三百人の武人から、トップ4だけが四天王を名乗れるという、ランキング制の武闘派四天王ですね」
「やめとこう。そいつらに行くには早い」
そういうベテラン戦士と対決させるのは早い。ある程度の経験を積ませてからにしよう。
「お鍋のように、よーく煮込んで育てるのよ」
「なるほど……奥が深いですね」
「しっかし四天王ばっかだなこの世界」
「世界に広く深く根が張っているわけですね」
強敵は勇者を成長させるイベントになる。だが相手を間違えると全滅してしまう危険もあるわけだ。
「うまく誘導できればいいが……」
「今いる場所を、完全に平和にしたら次ですかね?」
「それくらい慎重でもいいかもしれないわ」
珍しく真面目な会議だ。いいぞ、そういう空気でいてくれ。
「増えすぎると覚えられないだろ。四天王なんてろくに記憶に残ってないぞ」
「先生はまた事情が違うでしょう。この世界は大陸ごとに特色があるようだし、軍団を作るうえで増えていくのかもしれないわ」
「フィーリングが合ったら組む感じですね」
「バンドじゃねえんだぞ」
そんな軽いノリで組むなよ。組んでも弱いだろそれ。烏合の衆っていうんだぞ。
「弱いやつが組んでも弱いままだろ」
「えー、友情パワーとかあるじゃないですか」
「魔王軍四天王の話よね?」
「そんなもんパワー送るやつも強いこと前提だぞ。仲間がいなきゃ悪を倒せないなら、世界が滅ぶし」
これが厄介だ。友情を勘違いすると、自分のレベルアップにつながらない。
そこから悪化すると、いくらパワーを束ねても、ボスに勝てずに詰む。
「ネトゲの接待プレイみたいなんでいいから、自分の力を上げることも必要だ。集まる力は大きい方がいい」
「なるほどー……お鍋が煮えた匂いがします」
「どういう嗅覚なの……」
無駄な嗅覚を発揮しおるわこやつ。いい匂いがするのは事実。食っていくか。
「ゆっくり食うぞ。一人で全部食うなよ」
「はーい!」
よしよし、よく煮込まれているな。熱いうちによそって食ってみる。
「おっ、いけるな」
「おいしいです! ふへへへへへ!!」
「笑い方どうにかしろ」
「いい味出ているわ。じっくり待つのも大事ね」
野菜と肉の柔らかさ。素材の味が存分に活かされている。
そして汁に旨味が凝縮され、追加で食材を入れれば深みも出るのだ。
「はい先生。お肉多めよ」
「悪いな。リコ、食うペース速いぞ」
「おいしいからしょうがないんです!」
がつがつ食うのは女神っぽくないからやめようね。
食い足りんな。しらたきとか入れていこう。
「しくじったな。豆腐入れてねえ」
「下に沈めておいたわ」
「ナイスです!!」
クシナダはできる子だなあ。とてもいい子だよ。
今もご飯のおかわりを供給し続けている。
「最後どうする? うどんか?」
「お米があるから、雑炊にしましょう」
「雑炊! リコは雑炊派です!」
「わかったわかった」
そして雑炊ができるまで、再び敵の調査だ。
幹部クラスは癖がありそうだが、ザコ敵なら対処できないほどじゃない。そんな都合のいい場所を見繕う。
「勇者に戦闘経験を積ませないといけないよな」
「ですね。まだ戦い始めたばかりですし」
「勇者ちゃんは剣術できるみたいね」
「ある程度の訓練は受けています。将来に期待できますよ!」
ならひたすら戦わせるしかないか。新技や魔法を閃くにしても、やはり戦いの中だろう。
「忍者くんはプロね。忍者のプロ」
「ああ、ありゃかなり訓練されてるぞ」
「里のエースなんです。歳も近いらしくて」
「ほー……まあ勇者パーティーなんて入るやつは、大抵一芸持ってるよな」
あいつは作戦参謀としても、サポートとしても役立つだろう。
ああいうのがいると、死亡率が下がるし、怪我も減る。損はない。
「魔法使いちゃんは……まだまだね」
「ここが課題っぽいな」
「でも才能は凄いんですよ。ゆくゆくは世界でも有数の魔法使いさんになれそうです!」
「まだしばらく最初の大陸だな」
ここで雑炊完成。この鍋を食った時間すべてが集まってたどり着く最終地点にて、まさに至福の時である。きざみのりがかかっているのもよい。
「おいしいです! のりとゴマでさらに味が変わって、何度でもおいしいです!!」
「しっかり煮込んで、ゆっくり味が染み込んだからこそできたことだな」
「何事も急いじゃいけないってことね」
「なるほど、今回のお告げはそれでいきましょう!」
女神様からのありがたいお告げは、こういうアホな理由で決まっています。
「勇者よ、ゆっくり焦らず戦闘経験を積むのです。油断することなく、着実に積み重ねることが、勝利の鍵ですよ」
『わかりました! がんばります!』
言っていること自体は間違っちゃいない。
がんばれ勇者。負けるな勇者。俺たちは応援しているぞ。




