新たな生活の始まり
異世界召喚。それはロマンの塊。
俺もかつて勇者として呼ばれ、毎日を戦いと冒険に費やしていた。
「ふんふん~っと」
そしてあまりにも救い続けてしまった。
ファンタジー・ホラー・VRMMO・SF・スーパーロボット・現代・異能バトル・戦国・三国志・邪馬台国・悪役令嬢・乙女ゲームと見境なく異世界を救った。
「よっほっ」
千の異世界を救い続け、遊びまくった結果、女神の上位陣から勇者活動を禁止された。他の勇者の成長を阻害しちまうんだと。
そして事実上の追放処分となり、隠居してスローライフを送ると相成りました。
だもんで昼に起きて飯なんぞ作っている。
「よーし昼飯完成」
二度寝に最適な温かい日差しの差し込むこの世界は、剣と魔法のファンタジー。
そこに魔導の力で便利な設備があるという、まあよくある話さ。
だからこそいい。長いこと勇者をやった俺の隠居先に相応しいじゃないか。
「あら、ちょうどいいタイミングだったのね」
同居している女神クシナダが帰ってきた。
外見だけ見れば十代後半から二十代前半。
長く艶のある黒髪と、宝石よりも綺麗な瞳。そして圧倒的なスタイルの良さ。
女神というのは、どいつもこいつも外見だけは最上級レベルだ。
「今できたところだぞ」
「いい匂い。今日のご飯はなーにかな?」
純粋に飯を楽しみにしている顔だ。
こいつ妙に子供っぽいところがあるからな。
「もと勇者特製ベーコンエッグとコーンポタージュだ!」
「驚くほどに普通ね」
言いながら料理を運ぶのを手伝ってくれた。
絶妙に気がきくやつだ。この異世界を紹介してくれたのもこいつだったりする。
「ちなみに夜はハンバーグカレーだ」
「本当にそういうの好きねえ。そうだ、いい天気だし庭で食べない? 天気がいいなら利用するのよ」
「一理あるな」
「女神の勘が告げているわ」
庭へ料理と一緒に転移。
座標オート指定で安全安心のオリジナル魔法だ。
先にテーブルと椅子は配置しておいた。
「これでよし。食おうぜ」
「先生もだいぶアドリブで生きるようになったわね」
「このフリーダムさが醍醐味さ」
木製のテーブルとイス。家も二階建ての大きなログハウス。
晴れると大きな湖と、遠くの山がよく見える。
なんとも心が癒やされるじゃないの。
穏やかな気持ちで食事を始める。
「ん~やっぱり先生のご飯は美味しいよ。流石勇者」
「もう勇者じゃないっての」
クシナダは昔行った異世界担当女神だったやつ。
俺が冒険しているうちに鍛えてやり、立派な女神になった。
そうしたらいつの間にか先生と呼んでくるようになったのだ。
「食ったらどうするかね」
「二度寝でもしてみたらどうかしら? 今なら女神がお側にいますよ?」
涼しげで澄んだ風を感じながら、ゆっくりと予定を考える。
こういう時間は貴重だ。そして新鮮で、ちょっとわくわく感がありますぜ。
「仕事人間ってわけじゃないが、やっぱり勇者歴が長いとどうしていいかわからんな」
「ごめんなさい。私も反対したんだけど、女神界の上層部にお硬い連中がいてね」
女神界。異世界を救うため、女神を派遣する。そんな女神だけの上位世界だ。
そこの許可が降りるまで、勇者活動を禁止してくれと言われちまった。
「先生ほど異世界のために戦い続けた人なんていないっていうのに、薄情極まりないわ」
「仕方ないさ。魔王が減ったら勇者も困るんだろきっと」
パーティーメンバーと魔王・邪神をどれだけ倒せるかレースとかやって、ネトゲのレアモンスターのように乱獲したりするのは結構楽しかったけどな。
「別にお前を責めちゃいないさ。こういう時間も楽しいよ」
「そう? それじゃあちょっと男女がするようなことでもしてみようじゃない。はいあーん」
卵とベーコンの刺さったフォークをこちらに向けてくる。妙なことをしたがるものだ。
「はいはい。これでいいか?」
まあ結局食うけどな。うむ、うまい。次は醤油かけて食うか。
「ううむ、カップルっぽくないわねえ」
「カップルじゃないからだろ」
クシナダは俺の元生徒であり、この異世界を教えてくれた。
住みやすい場所を紹介もしてくれた。恩はあるが、別に恋人ってわけじゃない。
「相変わらず伝わらない……難儀なお人ですよ」
「やることないな。そのへん散歩でもするか」
「この前温泉街に行きたいって言っていたね。二人でどう? 温泉旅行」
「遠出ってスローライフなのか?」
あんまり世界各国旅してしまうと、それこそ勇者時代と変わらない。
できる限り隠居生活が望ましいだろう。
「スローライフじゃない気がする。俺の求める理想から離れていくような……スローライフとはなんだ……?」
「無理に追い求めて押し潰されそうじゃない?」
「おそるべしスローライフ。おのれスローライフ」
「もうスローライフ言いたいだけでしょう」
何の中身もない会話でございます。
こういう無駄でだらけた時間もきっとスローライフだ。
いい加減くどいな。
「んじゃ湖にでも行って釣りを……」
突然家に影がさす。天を見上げれば、一面暗雲である。
洗濯物干してんのに邪魔だよ。
「服が乾かないだろ」
「いやいや先生。凄い悪しき魔力よ」
敵が存在することは、索敵魔法で確認済みだ。
湖の中心から飛び出た黒い柱が雲を作っていることも理解した。
『グハハハハハハ!!』
でっかくて汚い男の笑い声だ。明らかに品がない。
「変なのが出たわね。せっかく先生と素敵な場所でゆっくりしてたのに」
「女神の勘も外れるんだな」
「これは申し訳ないわね。あとでなにかお詫びをしましょうか。先生は何がいいですか? むしろ私に何をさせたいですか? さあ恥ずかしがらずに言ってみよう!」
「ゆっくり考える。っていうか風強いな」
森が荒れるだろ。渋々家に結界を張る。
雲がどう考えても出過ぎ。遠くの国まで行ってるだろ。
「魔王と四天王さえ倒さなければ、まあ勇者活動で目をつけられたりはしないわよ」
「なるほど……しょうがない、倒すしかないか」
「家が壊れちゃうもの。正当防衛よ。行ってらっしゃーい」
クシナダに見送られ、湖の畔までやってきた。
なんか全長三百メートルはありそうな、黒くて悪魔っぽくて、手がいっぱいあるやつがいます。いかにも悪役っぽい。頭の二本のツノとかそれっぽいです。
『ついに! ついに復活を果たしたぞ! 勇者の末裔よ! この世界を暗黒に染め、今度こそ我が力に……』
なんか言っているが、とりあえず無視。
まず雲が邪魔だな。
軽く右手を振って全部消し飛ばす。これで洗濯物の心配はなくなった。
『む……何だ貴様。どうやって我が暗黒雷雲を消した?』
雷雲かよ。森が燃えたらどうすんだか。迷惑なやつ。
「直球で聞く。悪いやつなんだよな?」
『我輩は強運の邪神ゲギャルギオ!! 戦闘力も異能の数もきっちり同じ777京! 全能にして不死の王である!!』
悪いやつでいいんだよなこれ。右手に集まる魔力も邪悪なものだ。
湖が渦巻き、強風で森がやばい。
「だから……」
光速でジャンプして敵の上に移動。
ツノを片方掴み、宇宙まで一気にぶん投げる。
「森を壊すなって」
『ぬっふえあああぁぁぁぁ!?』
そこへ軽く魔力の弾丸をぶっこんで爆裂させた。
これで魔王も邪神も死ぬ。不死身だろうが概念的存在だろうが、殺す手段は腐るほどある。
復活とか言っていたので、二度と蘇生できないように始末完了。
ついでに落ちてきそうな隕石も余波で消しておいた。
「これでよし。あとは適当にのんびりしていよう」
「お疲れ様。先生は勇者をやめても邪神と縁があるわねえ」
「どういうことだ?」
「この世界の資料を探したらあったの。魔王ガルズを生み出した邪神だって」
ガルズはこの世界の魔王だったはず。現地勇者が倒す相手だ。つまりあの邪神はセーフだろう。渡された資料を見てみると、ごく普通の中堅邪神だ。
「邪神ゲギャルギオ。ほぼ概念的存在であり、完全消滅は不可能。勇者と神々が封印するも、千年に一度復活してしまう。だって。これといって長所がない個体ね」
「地味だな」
もうチートごときでどうこうなる俺じゃない。
異能がカウントできる時点でザコだ。最低でも無限になれ。
でもってそれ全部身体能力のみで超えた所がスタート地点だ。
「出る世界を間違えたのね」
「とりあえず湖の生き物は蘇生させて、森を復元して、よし帰るか」
こんなもん土地の時間巻き戻せばいいだけだ。
邪神関係だけぱぱっと魔力で調べて、復元させずに消していく。
澄んだ青い空。綺麗な湖。よしよし、戻ったな。
「こっから全力でだらだらしてやるぜ。戦っちまったぶんを取り戻すぞ」
「スローライフに生き方を束縛されつつあるわね」
とりあえず寝るために家へと瞬間移動。
手洗いうがいを済ませ、なんとなく二人でソファーに寝っ転がってうだうだする。
「よし、いい感じだぜ俺。今時間がスローな気がする」
「根本的にずれているなあ……」
そこで誰かの声がする。妙だな。ここには人が寄り付かないのに。
「すみませーん! 誰かいませんかー!」
女だな。成人女性じゃないだろう。
まだ住んで一週間ちょっとだが、ここに客なんて初めてだ。
「クシナダ、ここ人来るのか?」
「いえいえ、そもそもこの家があることを知っている人間なんていないはず」
「ごめんくださーい!!」
さっきから誰かが玄関のドアを叩いている。うるさい。
がっつり二度寝決め込んでやろう。
「だーれーか! ……あっ」
完全にドアの壊れる音がした。
俺のスローライフを邪魔する不届き者め。
仕方がないので玄関まで瞬間移動。
「はいはい、どちらさんですか」
そこに立っていたのは絶世の美少女。
水色の長い髪と、十代後半程度の見た目。
白を貴重とした服で長いスカートが、本人を上品に見せている。
直感でわかった。こいつ女神だ。
「あの、元勇者様に会いに来ました! 今どちらに?」
こうして俺の理想の生活は、おかしなものへと変わっていく。