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グラウンド・ディッシャー 

掲載日:2019/11/26

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 つぶらやくんは、今のところに住んで何年目になる? 私たちの中には実家で生まれ、そこで暮らし続ける人もいれば、自分の家を持ってそこに住まい続ける者もいる。ひょっとしたら生家にいる時より、ずっと長くね。

 たとえ短いスパンであちらこちらへ移り住む、俗にいうところの「引っ越し族」だって、越したばかりの時は、家に落ち着きを見出そうとするものだ。住まう期間が50年だって5日だって同じこと。自分が思う存分に羽を伸ばせる場所の確保を、気にかけない奴なんて、そうはいない。

 このごろの災害のニュースを見ていると、つくづく考えさせられてしまう。私たちの心のよりどころである住まい。ここが果たして、明日も無事でいてくれるのだろうかと。

 これが学校や仕事場相手だと違ってくる。気の持ちようでは、自分が向かう際、隕石でも落ちて消滅していてくれないかと、願うことさえありうるだろう。だが自宅に関しては今日も明日も、その先も、あり続けてほしいと思うはずだ。

 ひとつ、家に関する掟について、聞いてみないかい? つぶらやくんなら、気に入るんじゃないかと思うんだけど。


 学生時代において、代表的イベントとなる遠足行事。つぶらやくんもいくつか経験していることだろう。私が若い頃も、学校側が主催する遠足があったんだが、私は一度、それをさぼったことがあるんだ。

 理由は今となってはもう、はっきりと思い出すことができない。集団行動を煩わしく感じていたか、もっと別の何かがあったのか。きっと魔が差したような、何でもないことだったように思う。

 私は遠足に出かける体の、大きめのリュックを背負いながら、街をうろついていた。集合場所となっているのは、学校からだいぶ離れた駅。なかなか賑やかで、平日でも人がたくさんいた。

 私は集合時間になっても、駅から300メートルほど離れた本屋の中で立ち読みに興じていた。特に読みたい本があったわけでもなく、ただ時間を潰そうと考えたら、ここへたどり着いていたという感じだ。

 ページをめくりながら、ときどき腕につけた時計で時刻を確認。この集合時間前後3分というのは、個人的に最も心がこわばる。誰かに露見するんじゃないかと、脳も心臓もバクバクと内側から弾み出すんだ。だが、それが通り過ぎると、一転して落ち着きが身体を支配し始める。

 諦観による悟り、とでもいえばいいのかな。「もう取り返しがつかないんだ」と考えると、無意味に身構える力が抜けていく。そんな心持ちさえ気にすることなく、時計の秒針は前進を進め続ける。適当に本を流し読みする僕の前で、ついに集合時間を30分オーバーした真実を告げてきた。

 これ以上、全体を待たせることはないだろう。みんなすでに、数駅先にある動物園へ出発しているはずだ。

 私は本を棚に戻し、店の外へ出る。遠足終了まで、ざっと6時間程度はあった。その後は家に帰りつき、母親が作った早めの夕飯を食べる予定だ。今日は私の好物の鶏のから揚げを作ってくれる約束をしている。

 この自由な間に何をするか。私が店の軒先で、空を見上げながら考え込み出した時だった。


 建物の屋上のみが、かろうじて下の端に映るかという視界の中。そこへ侵入してきたものがいたんだ。

 そいつは点ではなく、面だった。私の視界の底からせり上がってくるのは、遠くに存在していたビル群。初めはそれらが急激に背を伸ばしてきたのかと思ったが、違う。それらは高度を増し続けながらも、同時にこちらへ向かって急激に傾き出していたんだ。

 大地が建物を巻き込んで、高い波となり出している。いや、最初に目に映った建物群はすでにその傾きを90度以上にし、でんぐりがえりをするかのように、その体を丸めんとし始めている。

 私の頭に浮かんだのは、アイス屋がアイスをよそる時に使う、ディッシャーの様子。アイスの入ったボックスに突きこまれたそれは、クリームの原を滑っていき、その体の中へアイスを丸く蓄えていく。

 あの様子が、地面すべてをアイスのようにして、今、眼前に展開されているんだ。私の理解が追いつく間にも、地面の丸まりはこちらへ迫ってくる。建造物に加え、道路も車も人間も、一緒に巻き込まれて、めくり上がる地面の中へ取り込まれているというのに、誰一人それに抗う様子を見せなかった。

 

 ――これは、やられたらやばい奴だ。

 

 私は見えないディッシャーから逃れるべく、街中へ駆け出していた。

 近づくにつれて、このめくり上がる地面の幅の大きさに舌を巻く。直径数百メートルはあろうかという球に姿を変えた地面は、恐らくはその裏側を見せる奇妙な色を見せている。

 アスファルトの裏にしては、妙に紫の濃い灰色混じりの色彩。毒々しささえ感じさせるそれは近づくにつれて濃度を増し、グレープ味のアイスを想像させる外見を寄せてきた。必死に逃げる私だったが、通行人は誰一人、あの奇妙な姿を気に留めていない。

 平日の午前中だ。子供の姿はなく、周囲にいるのは大人。大半が外回りと思われる、スーツに身を包んだ人ばかりだったんだ。がむしゃらに走る私を不思議そうな瞳で見つめ、ぶつかりそうになるたび、悪態をつかれた。

 距離を測るために、何度も顔を向け、球形を確認してきた私は、ようやく足を止める。たった今、丸まった地面の端が私の背後、わずか数メートルの地点を通過していったからだ。もはや一分の隙もなく表面積を支配した紫の身体を、惜しげもなく転がし続けながら。


 振り返った瞬間、確かに先ほどまで賑わっていた街は消え失せ、無人、無物の更地がそこへ広がるばかりだった。だが、一秒と立たないうちに、地面から一斉に街並みが生え始めたんだ。

 建造物、車両、人間……巻き込まれた者が、余さず姿を取り戻していく。先ほど私とすれ違い、罵り声をあげたサラリーマン。ちょうど球に巻き込まれた位置にいた彼も、このわずかな時間で消え去り、また地面から生えてきた。先刻、私に見せたものと、まったく変わらない背中を向けながら、どんどん遠ざかっていく。

 装いを取り戻した街。変化を目の当たりにしながら、取り残された私。考えに共感してくれる味方はこれより前にも後にも、自分自身しかいない。

 幻覚だったのだろうか。私はまた同じようなことが起こるのではないかと気が気でなく、店の中でのんびり過ごすことは、もう考えられなかった。自動販売機のジュースと、持ち帰りのファーストフードを手に、街中を歩き続ける。遠足が終わる時間まで、私は同じようなことが起こりはしないか、見張っていたんだよ。


 遠足終了予定時刻の10分前には、私はもう帰路へ着いていた。帰りに駅前で再び点呼を取るはず。早めに動かないと、学校の面々と鉢合わせしかねない。

 家へ足を向けて、ようやく私は、先生が家へ連絡したのではないかという心配を抱く。もし親が遠足に出発したことを話していたら、待っているのは般若の顔だろう。私の胸は、またも自分勝手にばくつき出したんだ。

 ところが、家へ帰っても親は「おかえり」と返しただけで、それ以上の追及はなかった。藪蛇を恐れた私は平静を装い、自分の部屋へ戻っていく。


 部屋がすっかり模様替えされていたんだ。これまでも、家を出ている間に親が部屋を掃除してくれたことは、何度もあった。勝手に物を動かされるのを嫌う私は、できる限り、あらゆる物は元の所へ戻すようにお願いしていたんだ。実際、親はそれを何年も守ってくれていた。

 それが今日は本棚や勉強机に至るまで、全く違う方向へ移されている。手を伸ばせば届く位置にあったおもちゃ類も、ぱっと見える範囲には存在しない。

 けれど、それだけじゃない。窓の位置、布団をしまった押し入れの位置が、互いに入れ替わっていたんだ。掃除どころじゃなく、私の部屋は突貫でリフォームを施されていたんだ。

 何かの間違いかと、頭の中に元の図面を思い浮かべようとする。けれどダメなんだ。一度視覚からインプットされた情報、それを押しのけるのは難しい。

 遠くの真実より、触れられるウソ。私の記憶はあっという間にウソで蓋をされてしまう。そしてウソは元いた現実を追いやり、後釜に据わるんだ。ちょうどあの時、街の一部を巻き込んでいった、見えないディッシャーのように……。


 その日、食卓へ並んだのは唐揚げじゃなく、魚の刺身だった。それが何を意味するのか、突っ込むことの怖かった私は、黙って箸をつけていたよ。

 そして翌日、市役所へ勤めていたはずの父親は会社員になっていたんだ。連絡用にと、家に置いてある名刺が、聞き慣れない会社のものになっている。自家用車もワゴンからセダンへ、一日で姿を変えていた。

 あの時から今に至るまで、私の記憶通りに家族が戻ることはなかったよ。あの時、地面の球が転がっていった方角。距離こそあるものの、私の家も途上にある気がしたんだ。


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