第三話 マイホーム
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MMORPGアナザーファンタジア。
数あるネトゲの中から僕がこのゲームを選んだ理由は、単純に広告に惹かれたのと、サービス開始から数日しか経っていなかったことだ。
ゲームを最初から追いかけていける。その思いが強かったと思う。とは言え、最初は単にこう言った類のゲームを一度やってみたかったと言う薄い動機の上でプレイしていた事もあり、学業や部活などの日常生活に支障のない範囲でプレイしていた。
おかしくなったのは、ゲームを初めて三か月くらい経った頃に吉田先生が赴任し、その後、学校に行かなくなった頃だろう。
クラスに居場所がもうない事を察した僕は、居場所を求めて本当の意味でゲームの世界の住人になった。睡眠以外はずっと部屋に引きこもってプレイしていた。それほど熱中していたのだ。
サービス開始時からゲームの世界の住人だったトップ層には及ばないが、それでも二級線くらいのプレイヤーだったとは思う。
いずれトップ層に追いついてやる。青春を捨てたのだから、それくらいの熱意はあった。
同時に、心躍るような新たなシステムの実装予定など、運営側が僕の向上心を刺激するような発表をするので、いよいよ学校なんかどうでも良いと思えるようになっていった。
だが、その夢は儚く潰える。
ゲームを運営していた会社が世間を騒がせるほどの不祥事を起こし、更に巨額の赤字が世間に暴露された。運営側自体はゲームを続行させたかったみたいだったが、結局サービス開始から半年程で終了を宣言し、つい先日ログインできなくなった。一応、課金などは一部補てんされるらしいが、そんな事よりも、ようやく見つけた新天地がなくなってしまう事に僕は涙を流した。
こうして現実世界に居場所を無くし、理想郷も失い途方に暮れた僕は、渋々久しぶりに学校に顔を出すことにしたのだが、その結果、こうしてかつて失ったはずの夢の世界に転移できたのだ。なので、もう何も文句はなかった。
ついでに、王宮から追い出されたが、どうも吉田先生を始め、あそこにいるクラスメイト達とは反りが合わない。はっきり言って、一緒に行動したくなかった。
それだけに、枷から外れたかのような解放感のまま、僕はとっても軽い足取りで、取りあえず、装備を整えアイテムを確保するために、ゲーム時代に拠点にしていたマイホームに向かって歩く事にした。
「ん? 誰だてめえは? 奇妙な服を着やがって」
王宮から離れた住宅区画の隅にゲームの時に僕が購入して拠点にしていた家があった。二階建てで、日本に住んでいた実家よりも大きく。如何にも中世ヨーロッパ風の建築だ。
現在でもヨーロッパに行けば、同じような作りの家を探せるかもしれないが、少なくとも日本にはないだろう。
セーブポイントもあり、武具やアイテムの倉庫もあり、内装の家具もゲームの時に結構高額な家具を設置していた。
それに何より、大規模イベントの報酬金を全額投じて購入している。故に、ゲームの中でも特に思い入れのある物なのだ。
パソコンの画面でしか見られなかった我が家が、そのままの姿を見せた時、僕の心の中は感極まった。
しかしながら、どういう訳か、その大切な我が家のドアの前には煙草を口に加えておっさんが立っており、僕の事を異物を見るかのように睨め付けていた。
「ええ、と……」
誰だ、このおっさん。ここは僕の家だぞ! なんで絵に描いたダメ親父みたい奴が家主を気取っているんだ?!
状況がいまいち理解できないが、僕ははっきりと言った。
「ここは、僕の家です。あなたこそ、ここで何をしているんですか?」
「ああん? 何を寝ぼけた事を抜かしてやがる。いいか、俺は、じじいが生きていた時からこの家に住んでいたんだ。これ以上ふざけた事言うと衛兵に突き出すぞ!」
だが、おじさんの怒りの剣幕に思わず怯んでしまった。
怖い。あまり近づきたくない。クラスメイト達以外にも、こう言った粗雑な輩はどうも苦手だ。あれ、もしかしたら、僕ってコミ障なのでは?
……いやでも。日本にいた時は、どんな人間でも普通に会話できていたはず。
「何をブツブツ呟いているんだ? 目障りだ。とっと失せろ!!」
さっさとあっちに行けと手で追い払う仕草を見せる。その態度を見て、心の底からここを自分の我が家だと思っている様子のおじさんを見て、もしかしてと、あることを思った僕は二つの質問をした。
「すみません。今、光歴何年ですか?」
「ああ? 何を当たり前の事を聞いてやがる? 今は光歴212年だぞ。これくらい子供だって知っているぞ」
「そうですか。ではもう一つ。あなたのおじいさまからこの家に財宝や貴重な武器の類があったという話は聞きましたか?」
「ん? ああ、そう言えばじじいが、昔、この家には財宝が眠っていて、それを泥棒に全部盗まれて縁起が悪いから格安で買えたって言っていたな」
今の会話で全てを察した僕は、ご迷惑をお掛けしましたと頭を下げて、この場から急いで立ち去った。
そして、人通りが少ない路地裏に移動すると、頭を抱えてパニック状態になった。
「サ、サービス終了から百年近く過ぎている!!」
ヤバい、ヤバいぞこれは、当てが外れた。百年も経てば、ゲームの知識なんて大して役に立たない。それどころか、色々と状況が変わっている。
勿論、パソコン画面の中にあったゲームの世界と今のこの世界が何もかも全てが同じだとは思わなかったが、ゲーム時代のレベルや職業を引き継いでいたせいで、ほとんど一緒だろうと油断してしまった。
今にして思えば、玉座の間を見てすぐにアナザーファンタジアの世界の中だとすぐに気が付かなかったのは、あそこが、オープニングのムービーでしか見られないプレイヤーが立ち入りできない場所だったからだ。
まあ玉座の間の時点では仕方がないにしても、王宮を追い出された時点。外から見える王宮こそは見慣れた建物だったが、その周囲の街並みは所々変わっており、住民の数もゲーム時の数倍以上いるように感じた時点で気が付くべきだった。
最も気が付いた所で対策など取れないが。
「ハハハッ……」
僕はポケットからジャラジャラと金属同士が当たる音がする袋を取り出した。
王宮を追い出された際に、せめてもの情けで一週間分の生活費を受け取っていた。マイホームに帰れば、この何千倍の資金があると内心笑っていたが、手持ちにあるこの金が全財産になってしまった。
「いや、金はいい。稼げば手に入るから。それよりも問題なのは……」
だが、所持金なんかよりも、もっと重大な事に気が付き、恐怖で青ざめていた。今の心境を一言で言えば、苦労して長い年月掛けて進めたゲームのデータが全て飛んだような感触だ。
「装備品、武具も限定アイテムも、コツコツ貯めていたレア素材も全部なくなった……」
今着ている学ランはこの世界では物珍しい物かも知れないが、ただの服だ。苦労して集めた素材で作成し、様々な効果をもたらし、ステータスを大幅に上昇させてくれたゲーム時代の武具の代わりには程遠い。
今の僕のステータスはレベル100相当なのだろう。だが、その力を十全に発揮できる防具や武器がないので、無意味とは言わないが、何も装備を身に着けていない全裸の状態と変わりない。
つまり、戦闘力は激減し、アイテムの類もなく。おまけに家もない。ぶっちゃけ何もないのだ。
「ヤバい、早くもピンチだぞ……」