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第十二話 マスラオ

 マスラオ。


 戦国時代に敬愛する主君を守れなかった名もなき侍が魔道の道に堕ちて人を喰らう鬼となった、という設定を持つ陰陽少女カナタに登場する敵幹部のキャラクターの一人だ。


 アニメでは第三話で初登場し、幹部の初登場ということで圧倒的な強さを主人公と視聴者に見せつけ、最終話の前の回で主人公カナタによって倒された。


 ぶっちゃけ、最終回で色々ドーピングして完全体となったラスボスよりも強いのではないのかとネットで話題になっていたほどの強敵である。


 そんな奴が魔王軍の四天王の一人として、コラボイベントの時よりも遥かにパワーアップして姿を現した。


 全く、何でそんな強敵と戦わなければならないのかと愚痴りたくなるが、向こうが殺意むき出しである以上、こちらも手を抜くわけにはいかない。



「式神召喚、鞍馬天狗隊」



 呼び出したのは、アクティブスキル式神召喚をランクAまで上げると召喚が可能になる鞍馬天狗隊。スキルの発動により、レベル20の刀や槍で武装した僧兵のような服装をした天狗が一度に二十体ほど召喚された。



「行け!!」



 僕の号令と共に烏のような黒い翼を羽ばたかせて一斉にマスラオに襲い掛かる。この世界のレベルで考えれば、防ぐのは容易ではないほどの突撃力だ。


 しかし、その猛威に対してマスラオがとった行動は単純明快だった。



「これはまた随分と懐かしい。だが、ちょこざい!!」



 マスラオは腕の一振りで天狗達を一蹴する。拳の直撃を受けた五体はたったの一撃でHPを失い消滅。直撃を免れた残りの個体も余波に巻き込まれて吹き飛ばされた。



「ハハハッ、こっちの世界に来て久方ぶりに式神を見たぞ!!」



 難無く攻め入る天狗達を圧倒したマスラオはどこか嬉しそうに微笑みながら、生き残った天狗達を追撃する。


 想像以上の強さだ。だが、それも当然か。


 ゲーム時代で実装された時のマスラオのレベルは20だったが、今、目の前に立つマスラオのレベルは90。装備もパッと見る限り星7~9の装備を複数身に着けている。


 アクティブスキルもゲーム時代では、戦士系の職業が共通して習得できる任意で発動して一定時間、物理攻撃力を上昇させる剛力(C)のみを取得していたが、レベル90であることを考慮すれば、他にも二つ、僕が知らないアクティブスキルを持っているに違いない。



「ふん、久方ぶりだったので少々興奮したが、大したことなかったな。それで次はどうする? 今度は貴様が来るのか? 今は正直言って気分がいい、色々と気になることはあるが一先ず置いておくとして、戦いを楽しむために一つハンデをくれてやろう。俺様はここを動かない。さあ、もう一回好きなように攻撃するといい!」



 残る天狗を蹂躙し終わったマスラオはこちらを挑発するが、生憎とマスラオが天狗達を蹂躙している間にこちらの仕掛けは完了している。


 マスラオの足元に三角形の魔法陣のような物が浮かび上がる。まだ発動していないが、ゲームのおいても存在していたこの魔法はこちらの世界でもそれなりに知られた魔法なのだろう。マスラオは地面の魔法陣を一瞥するとその場から動くことなく、少しだけ失望したかのような顔を見せる。



「ふん、ホーリーフィールドか。確かに鬼である俺様にも効果はあるが、その杖を使っていても、この程度の魔法で俺様をどうにかできるとでも思っているのか?」


「でなければやらない。食らえ!ホーリーフィールド」



 僕はアストラルロッドを振りかざして魔法を起動させる。魔法陣から光の柱が空へと昇り、魔法陣の内部を眩い光が包みこんだ。


 結界範囲内にいる闇属性もしくは鬼を含む特定の種族に大ダメージを与える光魔法であるホーリーフィールドの光柱を浴びるマスラオ。


 発動までに時間が掛かるが中位以下の闇系統の魔物であれば十秒もあれば消滅させられるほどの魔法、でありながらマスラオは何事もないかのように仁王立ちで佇む。



「興ざめだ。そもそも、この程度の魔法で俺様を倒せると本気で思っているのか?」



 勿論、思っていない。弱点を突いているとは言え、レベル90の鬼にして戦士職に就いているマスラオ相手では碌にダメージなど入らないなど織り込み済みだ。



「スキル悪霊退散!!」



 ホーリーフィールドを発動しながら、僕はアクティブスキルを発動した。


 スキル悪霊退散(A)。闇属性を持つ者やアンデット等の闇をイメージする種族に対して、通常の魔法や物理攻撃を行う際に、大幅な追加ダメージを与えるスキルだ。


 これにより、ホーリーフィールドによって受けるダメージは何倍にも膨れ上がる。


 だが、それはスキルランクCの段階で習得できる悪霊退散の基本的な効果の一つ。Aランクまで鍛えられた僕のスキルは更なる効果が追加されている。



「むっ! 何だ!! 俺様の皮膚が焼けているだと!」


 

 マスラオが驚くのも無理はない。高温に晒されるかのようにマスラオの肌がじっくりと焼けただれているのが確認できたからだ。


 追加ダメージの更なる上昇と魔法攻撃に防御力を無視した貫通効果を付与する、それがAランクまで上げたことで追加される悪霊退散の効果。こうなれば、マスラオが誇る強固な防御力はゼロに等しい。



「ちっ! 流石にこの場に突っ立ているのは得策ではないな」



 マスラオも流石にこの状態が続けば、数分もあればHPが尽きると悟ったようで、ホーリーフィールドの効果範囲から逃れようと、ゆっくりと前進する。


 本来ホーリーフィールドは、相手を拘束して身動きを取れなくしてから使う魔法。故に、致命的な攻撃になると悟ったマスラオが先の発言を撤回してホーリーフィールドの効果範囲から逃げようとするのは想定内だ。



「式神召喚。玄武」


「何?!」



 ほんの一瞬だったが、マスラオが驚愕の表情を露わにしたのも無理はない。何故なら、マスラオの頭上に、平屋家屋と同じほどの大きさの巨大な亀が出現してそのままマスラオの体を上から押しつぶしたのだ。


 式神召喚はAランクまで上げれば、プレイヤーの周囲であればある程度任意の場所に召喚することができ、敵の真上にでも行ける。


 地面がめり込むほどの重量を持つ玄武の体に押しつぶされてマスラオが今どういう状態のかは確認できないが、ゲーム上では無意味な設定であった式神紹介のページで十トンの重さがあると解説されていた玄武が微動だにしないところを見ると、今頃、身動きの取れないマスラオは亀の腹の下で悪霊退散でブーストされたホーリーフィールドによってガンガンHPを削られているだろう。


 ちなみに、式神である玄武はホーリーフィールドの効果対象外なので、ダメージを受けることはなく、更にそのレベルは80。しかもステータスのほとんどをHPや防御力に回した最も硬い式神と攻略サイトと書かれていた。


 身動きの取れない状態でマスラオが倒すのは不可能。仮に攻撃できても、玄武のHPが尽きる前にマスラオのHPが尽きるはずだ。


 

「え? これって、もしかして倒してしまったんですか?」



 今まで、近くの木の影に隠れていたメロディアが安全だと判断したのか出てきた。信じられないような目をするメロディアに、僕は静かに頷いた。



「奴が油断していて良かったよ」



 アニメで出てきたマスラオは、激戦の末、陰陽術による呪いを受けた身で、倒壊するビルの下敷きになり身動きが取れないまま、解呪することもできずに呪いによって倒されていた。


 マスラオ以外の幹部達は、弱点が判明した時点で、主人公カナタの処刑用BGMが流れて三分と持たずに散って行ったのに対し、マスラオは弱点らしい弱点を持たずに、ただひたすらに圧倒的な戦闘力を持つため、正面から倒すのは不可能と判断した主人公達は念入りに作戦を計画した上で死闘を演じたが、残念ながら主人公達の作戦ではラスボスの側近中の側近である赤鬼は倒せなかった。


 それでもマスラオが敗れたのは、作戦の失敗を悟った主人公の仲間が己の命を犠牲に呪いを掛けたという尊い犠牲とビルの倒壊に偶然マスラオが巻き込まれたと言う幸運が重なったからだ。


 アニメを視聴していたからこそ、とっさに思い付いた方法だが、その経験を生かして奴を倒すことができた。それだけに、マスラオが最初から僕の事を舐めずに殺しにきていたら、どうなっていたか分からないと考えると、装備が不十分とは言え、こちらのレベルが100にも関わらずあっさりと倒せたのは幸運だったと思うしかない。



「奴のHPは分からないが、悪霊退散で強化されたホーリーフィールドが完全に決まっている以上、長くても五分もあれば、ゼロまで追い込めるはずだよ」



 勝った。これはもう勝ちだ。



 僕は、アニメとゲームの両方の知識を生かして掴み取った勝利に喜ぶが、残念ながら現実はそう上手く行かなかった。



「ウオオオオオオオ!!!!」



 凄まじい雄たけびと共に、超重量のはずの玄武が宙を舞いそのまま光の粒となり消滅した。同時に衝撃の余波でホーリーフィールドもかき消された。



「な、何ですか? あれ!」



 メロディアが恐怖で尻餅をつくのも無理はない。僕だって何かの冗談かと思いたかった。



「本当に、久しぶりだぞ。これを使うのは」



 全身に傷が目立つが、痛みを一切感じさせないと言わんばかりに拳を天高く突き出すマスラオ。そんな彼を見ながら、形勢を逆転させた力の正体を理解した僕は苦々しい思いで問いかけた。



「起死回生か。もしかしたら、玄武の落下攻撃によるダメージがHPの減少速度を速めたか」


「ふん、詳しいじゃないか。その通りだ」



 アクティブスキル起死回生。魔法を使わない戦士系の職業が習得できるアクティブスキルで、残りのHPが少ないほど、スキル発動後の次に放つ物理攻撃力を上昇させるスキルである。

 

 ゲームではスキルランクが初期のCランクの状態であれば、一回のクエストで一回しか使えないという厳しい条件があったが、その上昇幅は尋常ではなく、廃課金装備を纏ったレベル100の戦士系のプレイヤーがスキルによる攻撃補正値が最高になるHP1の状態で使い大抵の敵のHPを一撃で蒸発させていた。まさにロマンの塊のようなスキルだ。


 

「はわわわ。ヤバいですよ。あの人メチャクチャ怒っていますよ!」



 そう言い残すと、立ち上がり背を向けて素早く再び森の中へ逃げ込むメロディア。


 正直、憤怒の形相を浮かべ、今までとは比較にならないくらい本気になったマスラオから僕も逃げ出せるものなら逃げたかったが、奴が起死回生を使ったことで、新たな勝算が生まれたため、ここで逃げるのは得策ではなかった。


 防御特化の玄武を起死回生を使い一撃で倒したのを見るに、マスラオのHPは相当減っているはずだからだ。


 推測だが、マスラオのHPは最低でも二割を切っているだろう。こちらがフル装備ではないとは言え、これなら勝機はある。


 しかし、本音を言えば、マスラオが本気を出した上でこの状況に持ち込みたかった。



「久しぶりの陰陽師に、俺様も浮かれていたようだ。だが、もはや一切の慢心は捨てよう」



 そう言うと、驕りを捨てたマスラオは遂に背中に背負う大太刀の柄に手を伸ばす。そう、マスラオの職業は侍。恐ろしい事に、刀を武器に戦う職業の癖に、奴はまだ己の武器を一切使っていないのだ。


 アニメでもマスラオが刀を抜いたのは、奴が死ぬ回のみ。マスラオは己が認めた相手にしか刀を振るうことはない。


 そんなポリシーを持つマスラオに刀を抜かせたのはどこか誇らしくもあるが、同時にここから先の戦いが文字通りの死闘になったとも言える。


 マスラオのレベルは90、所持しているアクティブスキルは三つ。剛力も起死回生も戦士系の職業であれば習得できるスキルだったが、恐らく最後の一つは侍専用のスキルに違いない。


 侍専用のアクティブスキルは僕が知る限り四つあるがどれも陰陽師専用のアクティブスキルである式神召喚に並ぶ強力なスキルばかりだ。



 ここから先が真の戦い。



 死にたくなければ覚悟するしかない。そう決意した矢先、突如として僕の目の前でマスラオは地に倒れた。


 数秒、何が起きたのか理解できなかったが、うつ伏せのまま地面に倒れ、声も発せずに、体の自由を失いピクピクと震えるマスラオと彼に右肩に刺さった銃弾のような物体を見て朧気ながらも状況を把握した。



「これは銃弾か? なら一体どこから?」



 恐らく、戦闘のどさくさに紛れてマスラオは背後から狙撃された。


 アナザーファンタジアには射手という職業やボウガンの類も武器もあったので、この世界に銃があっても不思議ではないが、アナザーファンタジアにおける銃は、ゲームバランスを保つために、魔法よりも射程が長い分、威力が低く設定されていた。


 しかしながら、それらを踏まえて周囲を見渡しても狙撃手の気配を全く感じないのはいくらなんでもありえない。ゲーム時代の狙撃の常識を遥かに超える距離から狙撃されたと見るべきだ。


 次は、僕を狙って来るのか? こちらの手の届かない遥か彼方からの攻撃に対し、僕は恐怖を感じつつ、命惜しさに、無防備のマスラオを放置して全力で走って、メロディアと同様に遮蔽物のある森の中に隠れることを選択した。






 ショーマ達を辛うじて目視できるほどの遠く離れた小高い丘の上で、仮面の男が持つ火縄銃のような銃の口から煙が吹いていた。



「命中した。大したダメージは与えられていないが、麻痺弾の効果は発揮している」



 ショーマと違い、マスラオは廃人プレイヤーには一歩遅れるが、一級線のプレイヤー並みの装備を身に纏っているため、防御力や魔法防御力は非常に高く、また各種耐性も備えていた。


 そのため、状態異常を起こす手段の中で最も成功確率が低いとされる銃系統の武器が放つ麻痺弾では、普通であれば何十発と急所にぶち込まなければマスラオを麻痺状態にさせることはできないはずだったが、現在マスラオはたった一発の弾丸で麻痺状態にされたまま地に伏して動けずにいた。


 上位職業・狙撃手専用のアクティブスキルの一つ、狙撃特典。回数制限こそあるが、敵に発見されていない状態で状態異常を引き起こす弾丸が命中した場合、本来であれば超低確率で引き起こす状態異常を確定で発生させる凶悪なスキルだ。



「麻痺状態になっているとは言え、相手はあの魔王軍四天王の一角であるマスラオだ。決して油断はせずに、拘束しろ」



 仮面の男は、背後にいる部下達に念入りに命令を下すと、部下達はマスラオの下へと移動を開始する。その光景を眺めながら、聞こえてはいないだろうが、仮面の男は遠く離れた距離にいるマスラオに語り掛ける。



「貴様の身柄は我々レジスタンスが抑えた。アジトに連れ帰ってたっぷりと魔王軍に関する情報を吐いてもらうぞ」







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