第一話 クラス転移
クラス転移物を一度書いてみたくて執筆しました。
「よし、昨日の小テストの結果を返すぞ」
クラス担任の吉田先生が言うと、出席番号順で一人一人立ち上がり、黒板の前に立つ先生から昨日行われた採点された数学の小テストを受け取る。
僕の名前は久我翔馬なので、早い段階で受け取り一番後ろの席に着き、答案用紙に目をやる。
「五十点満点中、今回の平均点は四十二点。平均点に届かなった者は、今日出す宿題を倍にするぞ」
平均点に届かなった者は宿題が倍になる。本来なら回避したいが、僕にはその心配はない。
何故なら、自分なりに頑張って回答した僕の答案用紙には、先生が採点した証拠である赤丸やバツ印がついていなかった。
そう、問題を解いたが、採点されていない。後で、他のクラスメイトに答えを教えてもらうしかないのだ。
私立○○高校、僕達、三年二組の担任にして数学教師である吉田先生はかなり特殊な先生だ。
第一に、この学校を運営している現理事長の孫に当たり、将来の理事長と言われている。第二に、詳しい経歴は知らないが、ともかく頭が良くて、この学校に来る前の学校でも多くの生徒を難関大学に入学させていたらしい。
この学校には沢山の先生がいるが、大学受験を控える僕達三年生に取って見れば、優秀な先生は大歓迎だ。
実際、今年の春に急遽赴任して来て、三年二組の担任に決まった際はクラス中が喜んだ。髪の薄い最近の流行も知らないおじいさん先生に教えてもらうよりも、三十代半ばくらいの美形でエリート男性教師の方がいいと湧きあがったものだ。
だが、他のクラスメイトの心境は知らないが、少なくとも僕はどんなに優秀でもこの先生の事が嫌いだ。
「いいか、どこの大学に行くかで人生が決まるんだ! なので、私としては生徒である君達には少しでも偏差値の高い大学に行ってもらいたい」
四月に、この言葉を聞いた時、一部は異論があったが、クラス中の大半が概ね認めた。ネットで色々な情報を収集できる現在、吉田先生の言っていることがまるっきり間違いではないという事くらいは皆理解できたからだ。
だが、吉田先生の授業方針は異常だった。
先ず、僕を含め、部活動に入っているクラスメイトは全員、四月の時点で最後の大会に出場することなく部活を強制的に退部させられた。先生曰く、全国大会に出て推薦を貰えないのであれば、やる意味はないとの事だ。その分勉強に回せと言っている。
勿論、生徒や保護者は反対した。だが、反対する保護者や部活の顧問の家を一軒一軒周り、詐欺師のような弁舌で吉田先生は反対者を丸め込んだ。先生のバックに巨大な権力があるという噂もこの頃から囁かれた。
ちなみに、僕の両親は、昔から僕に教育と称して仕事で抱える不満やストレスの発散のために暴力を振るっている。なので、僕がどうなろうと興味がないらしく先生にお任せすると言って、面談はすぐに終わった。
次に、何回か独自の授業をした後に、定期試験とは別に、吉田先生は全科目分のテストを作り、特別勉強会と称した放課後にクラス全員に受けさせた。
決して強くはなかったが、それなりに楽しんでいた部活を強制的に退部させられた腹いせもあり、僕はこの時真面目に勉強をしなかった。その結果、テストの結果は平均を大きく下回った。
そして、このテストの成績を見て、吉田先生は、僕を含め成績下位の数人に対して、こう言った。
「この中から好きな大学を選べ、私の力で入れてやる。その代わりに今後一切私はお前達の面倒を見ない」
そこに書かれていたのは、聞いた事もない大学の名前だった。偏差値も平均を大きく下回り、定員割れしているそうだが、それ故に先生のコネで簡単に入学できるらしい。
そして、それ以降、吉田先生は馬鹿に割く時間はない言うばかりに、落伍者と決めつけた生徒の相手をしなくなった。吉田先生はクラスの過半数を一流難関大学に合格させるため、今さら教えても余計な時間を使うことになる一部の出来損ないを排除したのだ。
一応、体裁を保つためか、授業やテストは受けさせてくれるが、質問には答えないし、テストや宿題を提出しても採点してくれない。
おまけに、今まで、仲の良かったクラスメイト達も、ああはなりたくないと、僕達落伍者を徐々に見下すようになっていった。
そして、疎外感を感じた落伍者達は、一人また一人と登校しなくなった。このままでは、卒業までにクラスの何人かは出席日数が足りなくなるだろうが、自らの経歴に傷を付けたくない吉田先生の事だ。その問題も解決済みなのだろう。
現に、落伍者の保護者が学校や市の機関に話しても一切対応してくれないらしい。
なので、全てがどうでも良くなった僕も不登校になることにした。吉田先生もいくら休んでも何とかしてやると言っていたので、心配はいらない。
こうして僕は家でパソコンを開き 前から少しずつプレイしていた今年に入ってサービスを開始したオンラインゲームに本格的にのめり込んだ。
さて、月日は流れ、現在は七月の終盤。
どうしても学校に来て書いて欲しい書類があると言う先生からの連絡を受けた僕は、嵌っていたオンラインゲームが急遽サービスを終了してしまった事もあったせいか、重い足取りで、三か月ぶりくらいに登校する事を決意した。
三か月ぶりの教室に入ると、十席分ほど机と椅子がなくなっていた。その中には僕の席も含まれる所を見るに、もう来ないと判断された落伍者の席がなくなったのだろう。
そして、同じような目に会いたくないのか、生き残っているクラスメイト達は、死んだような目をしながらも、朝のホームルームも始まってもいない時間に関わらず、一心不乱に机にかじりついていた。
久しぶりに顔を見せたのにも関わらず、こちらから挨拶しても、一切返事を返してこない。完全に無視だ。構ってすらくれない。
しばらくの間、変わり果てたクラスメイト達の様子を見て過ごした。そして、運命の時がやってきた。
扉が開かれて吉田先生が入ってくる。と同時に、教室中が眩い光に包まれた。