黒い靄
やっと電話の混線状態がなくなったころ、2人は自身の実家に電話をかけた。
「あ、おかあ?!」
雄太が電話をする横で、華は心配そうに見つめる。
「そう……うん、わかった。」
ピ、と通話を切ると、大丈夫みたいと華に伝えた。とりあえず実家の方は大丈夫だから華ちゃんを助けてやれって、というと、華は雄太の腕にしがみつく。雄太の母に申し訳ない気持ちと、華には雄太しかいないという気持ちが混ざっていた。
「……おかあさんは?」
「……でない」
壊滅状態とニュースで報道されていた町に住んでいる華の母は、一向に電話に出る様子がなかった。嫌な予感がするも、今は確認が取れないなら仕方がないと、雄太は頭を撫でた。
「……大丈夫、きっとどこかに避難してるんだよ」
「……うん」
暗い部屋の中で、テレビだけが明るく光っている。1日目でみんな学んだのだろうか、外に出る人はおらず、街は静まり返っていた。
静かに聞こえる蝉の音が不気味であった。コンビニの明かりも、付いておらず街は夜に飲み込まれている。
「こんなに静かなの、変。怖い」
華がそう呟き、足首をさする。1日中、足首を気にしているようだった。
「足首、違和感ある?」
「ないけど、怖い」
もしゾンビになったらどうしよう。その想いだけが、華の左足を重くしていた。
テレビの中は、騒動1日目の映像を流し、コメンテーターの議論が飛び交っている。誰かの言葉を誰かが遮り、その言葉も誰かが遮る。雄太はそのような番組は嫌いであったが、どこもその様なニュースで諦めていた。
『ウイルスなんじゃないの?』
『寄生生物というのも考えられる』
『“発症者”という言い方をしていますが、原因がわからない限り……」
そんなコメントが飛び交う中、何故か気まずい空気が流れる。チャンネルを変えるも、どこもかしこも同じ議題であった。
『はやく政府の対応をー』
ブツリとテレビの電源を切る。いままでにない静寂が部屋に篭る。遠くから聞こえる蝉の声と、ジイ、となるテレビの機械の音だけが、耳に届く。
「ゆうくん」
か細い声が、部屋に響いた。
「なに?」
「もしさ、私がゾンビになったら」
どうする?と、消え入りそうな声で俯いた。その声は、少し震えている。
「ゆうくん……」
ポタリと、フローリングに涙が落ちた。細い腕で、雄太のTシャツの袖を握る。その様子を雄太は見ていられなかった。雄太はその手を引き寄せ、力強く抱きしめた。
「大丈夫。絶対俺がなんとかする」
「どうやって」
「わからない。けど、華をゾンビになんか、絶対させない」
一層力強く抱きしめる。雄太も恐ろしかった。愛している人がゾンビになる可能性など考えたくもない。でも、いまはこう言うしかない。大丈夫、大丈夫だと、雄太は自分にも言い聞かせる。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「うん……うん……」
「俺がなんとかする、大丈夫」
華の包帯の巻いた足首が目に入る。華の黒い髪が、雄太の鼻をくすぐる。抱きしめた細い肩は、震えていた。グスリと耳元で聞こえては雄太の肩を濡らした。
愛しい人を、この体を、ゾンビなんかにするものか。
雄太は、華をゾンビなんかにしてたまるものかと、また一層、強く抱きしめたのであった。




