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おかえり


それから、世界は目まぐるしく変わった。


 奇跡のワクチンだと、柿原医師はいま話題の人だ。ニュースにでると、いつも笹川さんも写っていた。鋭い目線は変わらず、ぎろりとカメラを睨んでいた。笹川と、横に立つ森宮を見つけては、病室で雄太と華は盛り上がった。

 自分がテレビに出たわけでもないのに、知っている人がモニターに写っている高揚感は不思議なものだ。柿原医師団は、次のノーベル賞確実だと、テレビは持ちきりだった。


 それは総理も同じで。指示が遅くここまでなったから被害が甚大化したなどと、総批判だった。総理はすべてを認め、辞任一本だと、マスコミは囃し立てた。頭を下げる総理の顔は、涼しげで、それも又、批判を掻き立てていた。隣に藤田の姿こそなかったものの、ただただ頭を下げる総理の胸元、エンジ色のネクタイには古ぼけたネクタイピンがきらりと光っていた。



 今日は、華が退院する日だった。突き抜ける秋晴れだ。雄太は、空を仰ぎ見る。


「華、階段、大丈夫?」

「うん……よいしょっと」


 華は、片足を失った。ここまで進行が遅いのは運がいいと言われた。白く細いか弱い一本を見るたび、雄太はやるせなくなった。

 なんどもなんども、華が寝ている病床の横で泣いた。その度に、華は笑った。生きているんだから、いいじゃないと頭を撫でた。その言葉で、雄太はまた泣く。華がどれだけ辛い思いをしたか。華は、泣き虫だね、と笑い、撫でるだけであった。


「ふう、階段登るもの一苦労だね」

「エレベーターのあるアパートに引っ越そう」

「落ち着いたらね」

「すぐでも引っ越そう」

「物件あるかなぁ」


 やっと登り切った踊り場から、地上をみた。日常が戻ってからというもの、毎日毎日デモがあった。そのデモさえ、日常になりつつある。拘束された人の人権侵害、殺人。政治の不満、総理の辞任。ワアワアと並ぶ列は、日に日に長くなっているように見えた。

 

「……さ、もう少しだよ」

「……よし! がんばるぞ」

「無理しないでね」


 松葉杖と、か細い脚がコンクリートを歩く。華から見える景色は、いつも通りの日常だった。荷物を持つ雄太の背中。向かいのアパートの洗濯物。生い茂ってる街路樹。がやがやと賑わう声は商店街からだった。ひとつ息を吸えば、いつもの町の匂いがした。涼しい風が、華の髪を撫でた。

 これほどまでに、体に染み渡る秋風はない。ふと目を閉じれば、あの地獄のような思い出が蘇ってくる。けれどいまは、目を開ければ日常なのだ。ゆっくりと、あたりを見回した。


「華?」

「あ、ううん……なんでもない」


 雄太は不思議そうに振り返った。華が平気だと笑うと、よかった、と微笑んだ。ドアノブに鍵をさして、回す。ガチリ、と音が聞こえると、雄太はドアノブを捻った。



 ドアを開けたその先は、当たり前に、前となんら変わらない我が家だった。玄関にも入らず、開けられたドアの前で佇んでいる。すこし散らかってはいるものの、綺麗に靡くカーテンは光に透けていた。風になってくる我が家の匂いは、胸が切なくなった。

 

「……ちょっと、散らかってる」

「……ごめん、華がいないとこんなになっちゃう」

「窓も、開けっぱなし」

「退院の日だから、焦ってて……ごめん」


 それはいつも注意することだった。それが、こんなに嬉しいなんて。ああ、ゆうくんと帰ってきたんだな。そんな気持ちが、爪先まで染みる。


「華」


 雄太が、にこりと微笑む。


「……おかえり」

「……ただいま!」


 華が、雄太に思いきり抱きつくと、雄太は玄関に倒れた。危ないだろ、と笑う2人の声が、閉まるドアの音と共に、部屋に、アパートに。晴天の空に響いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 新着欄から偶然この作品に出会った日が懐かしい。まさか完結するまでずっと楽しませてもらえるなんて思いませんでした。 厳しい世界を魅力的な登場人物たちが躍動する素晴らしいエピソードの数々。ゆうと…
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