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運命の判断


「……酷い有様だ」


 目の下にクマを作り無精髭を生やした研究員達が廊下に集まり缶コーヒーを飲んでいる。発症者と変わらぬような、屍のような表情をしていた。

 総理がボディーガードを数人連れて訪れたのは、研究所であった。


「労働基準監督署に言わないでくださいよ、ブラック企業って訴えられちゃう」


 ハハ、と笑えない、面白くもないジョークを飛ばすと缶を適当に捨てゾロゾロと研究室に入っていく。

ガチャリと開くドアと、カラカラと転がる缶の先。扉の隙間から見える部屋の中は、白い机にビーカー。想像している研究室のままであった。……ともすれば、その奥に"いる"のかもしれない、と思うと、総理は目を逸らしそうになったが体はそうはさせてくれなかった。体が、目が、閉じようとしない。


 マスクで防護している研究員


 キュウキュウと鳴くマウス


 閉じていく扉


 注射器

 カルテ



 そして




「おや総理。こんな辺鄙なところに来てどうしたんですかな」


 後ろから低い声が聞こえ、重いドアがバタンと閉まる。


 その音で、無意識に止めていた呼吸をヒュ、と短い呼吸で開始する。見開き乾いていた目を瞬きさせ、どうにか潤わした。後ろを向くと、いつもどおり白いひげを触っている柿原医師が立っている。


「……お話があります。」

「……ここじゃ集中できんでしょう。上で」


 先ほどの総理を見てのことか、くるりとエレベーターの方を向く。


「いえ、ここで結構」

「……なんですかな」


 不思議そうな顔をして柿原医師が振り向くと、総理は眉間にしわを寄せ、腕は力がこもり震えていた。滲む額から、総理の心拍数が、胃の締め付けが周りにも感じてるほどであった。


「いま日本国は、壊滅的な状況にあります。」

「……それは我々とて重々承知」

「一国の首相として、いち早く、確実な回答が求められています。」


 総理は、下唇をかみ、頭を下げた。反動で滴る汗は白い廊下にポタポタと垂れる。


「無理を承知で言わせていただきます。」


 柿原医師は、細い目で、ジイと総理を見つめた。


「完治までとは言わない、緩和とまでも言わない……。3週間で、この症状を解明して欲しい。自我があるのか……死んでいるのか、生きているのか……それだけでも」

「……3週間……」

「薬を作るのは到底難しいと言うのは重々承知の上です」


 総理はそういうと、またさらに頭を深く下げた。額から眉間を伝い、鼻先から垂れる汗には、葛藤、緊張、焦り、色々な感情が混ざり無機質な廊下に落ちて行く。

つまりそれは、倒していいものかどうかの判断を仰ぐものであった。


 柿原医師からは、総理の表情は見えなかった。


「……承知した」


 そういうと柿原医師は、頭の下げている総理の横を通り過ぎ研究室の扉に手をかける。開いているのかわからないほどの目をドアに向けながら、ぼそりと言った。


「医者に人を殺していいかの判断を任せるとは、酷なことをするものだ。」


 重いドアが、バタンと大きな音を立て閉まる。依然、頭を下げている総理の下には、汗と、唇をかんだ血が混じり、溜まっていた。


「申し訳ない……申し訳ありません……」


 頼みます。


 そういうと、もう誰もいない廊下に頭を下げた。

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