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染み付く感情

 カーテンの隙間から、木々の青臭い匂いが分かるような日差しが差し込む。小学生の頃、寝ぼけ眼を擦りながらラジオ体操に行っていたような、なんとも清々しい朝であった。


「帰っちゃったね、笹川さんと森宮さん」

「笑いすぎてお腹痛いよ」


 それはゆうくんだけでしょ、と華が呟く。

 先ほどまで4人がぎゅうぎゅうにいた部屋は、いつも通り2人であるはずなのにガランと寂しく見えた。


「……たまーに来てもらお。楽しいから」


 いなくなった空間を見つめて、華が言う。そんな華の横顔を見ながら、雄太は少し呆れたようにいった。


「薬作りに専念してもらわなきゃでしょ」


 そうでした、と華は笑いながらソファにどかりと腰をかける。まだ賑やかさの残り香がある部屋で、包帯の巻かれた足を投げ出し、フウとひとつ息をついた。

 そんな、どこか寂しげな華をみて、雄太は華の足に挟まれる形で床に腰をかけた。包帯が巻かれた足をサラリと撫でる。


「……はやく、薬できるといいね」


 雄太が、華に背を向けたまま足を撫で、発する。本当に希望に満ち溢れた顔で言っているのか、ただ華が安心してくれればと言う思いなのか分からなかったが、この賑やかな思い出が残る部屋にいるせいか、華も素直に受け入れた。


「早く出来て、海。行きたいね」


 後ろから、ぎゅうとゆうたを抱きしめる。


「……いいね、水着かうの?」

「買う。ダイエットもするんだから」


 その何回聴いたかわからない文言に、雄太はくすりと笑う。


「なに、笑って」


 華も笑いながら、華を雄太の首筋に擦り付ける。何回目なの、それ、という雄太の声を聞きながら、スウと息を吸うと、雄太の匂いで肺いっぱいになる。そんな華の顔に、雄太も顔を動かしスリ、と肌を擦る。

 華は、どうしようもなく愛しい気持ちになった。ちらりと視界に入る忌々しい足と、愛しい人の顔は、胸をギュウと締め付けた。


「ゆうくん」


 くびに、軽くキスをする。なんだか久しい感覚に、雄太はくすぐったそうに首を縮めた。その仕草が微笑ましく、何度もキスを落としていく。首を縮めて逃げるようにする雄太がまた愛おしく、少しいたずら心もでてくる。事件が起こる前はこうしてよく、恋人らしいことをしていた。


「ねー、くすぐったいよ」


 フフ、と華は笑うと、小さい口を少し開け、雄太の首筋を少しだけ、食んだ。


 その唇と違う感覚に、雄太は瞬間、バッと勢いよく背もたれにしていたソファから離れ振り返り、首筋を手で抑えた。華は、一瞬なんのことか分からなかった。また、雄太がちょっとー、というのかと想像していたが、目の前に見えるのは、驚きと、少しの恐怖が入り混じった瞳をした雄太である。


 華は理解した。菌を持ってるかもしれないから、否、本格的に私がゾンビになったと思ったからだ、と。そして、自分が愛する人に危害を加えることの恐ろしさに気付いた。


「あ……」


 雄太は焦った。

 反射的に反応したことによって、華を傷付けてしまったこと、目の前には、困惑した瞳で、口元を抑える華がいる。


「い……いきなり噛むから、びっくりしちゃったよ、キスだと思ってたから」


 自分でも、無茶な言い訳だと理解している。


「ご……ごめ……」

「ちがう、ちがうんだよ」


 両手で口を覆い隠している華を、雄太は抱きしめる。なにも違うくはない。


「本当にただ、驚いただけなんだよ」


 華が、ボタボタと涙を落とす。

 雄太は、そうしてしまった自分自身を悔やみながら、抱きしめた手に力を込める。


「……ごめんなさい、ゆうくん……」


 華の両手は口元を隠し、雄太の背中に回ることはなかった。

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