冷たいシャワールーム
2人はいると少し窮屈な白いバスルームに笹川と華が居た。といっても、2人で風呂に浸かっているわけでなく、笹川が華の患部を洗い流していた。
「それにしても、驚きました。SPさん……森宮さんがあんなに汗ダラダラできたもんだから、何事かと思って」
華の声が、変にバスルームの中で反響する。汗でダラダラになった森宮を、2人はギョッとした顔で迎え入れた。何せ、一緒に来た笹川が汗一つ書いていなかったから、何事かと思ったのだった。
「私が一瞬気を抜いてしまったから」
「笹川さんでもそんなときあるんですね」
「あるみたい」
冷静な受け答えに、華は、ふふ、と少し笑う。その目線の先には、目をそらしたくなるほどの足があった。それをみた途端、少し微笑んで居た顔が、すぐに暗くなる。足を伝い流れる水が、透明から少し茶や赤が混ざった水となり排水溝へ流れていった。
シャワーから出る水の音だけが、部屋に木霊した。少し沈黙が、2人の間を流れる。
「……笹川さん、これからいうことは私の独り言だと思ってください」
そういうと、華はボソリとはなし始めた。
「支えてくれるゆうくんにも悪いから、最近、明るくしてるんです、私。それで、最近、治ってますようにって、すごくお願いをするです。特に宗教なんて入ってないけど、どうかどうかって」
華の声は、まだ明るかった。笹川は、素知らぬふりをして患部を流し続けた。
「そのせいか、治る夢を見るんです。元どおりになって、ゆうくんとよかったねって笑ってるの。でも起きて、この、汚い、動かない左足を見ると、どうしようもない気持ちになるんです」
華は患部を洗うためまくりあげたズボンを、強く握りしめる。少し引っかかったふとももは赤くミミズ腫れになった。
「なんで私が、って……違うんです、ゆうくんだったらとか、そういうんじゃなくて……なんで私が、なんで……」
チラリと目線だけを華の方にやると目には表面張力でぎりぎりこぼれ落ちないような涙を抱えていた。頬はヒクリ、涙を我慢している。
「……どうしても抗えないものって、どうしたらいいんですか……」
顔を両手で覆った。震える声が、この白いバスルームの中に篭る。重い、暗い、切ない言葉が反響するバスルームで、唯一シャワーが声を流してくれているようであった。
「……私には、抗う方法も、受け入れる勇気もない……」
覆った細い指先から、涙とともにか細い声が漏れた。
「……受け入れたくもない……けど……嫌……嫌だ……」
たすけて。そう呟く、小さな華奢な体には抱えきれないほどの不安であった。肩をすくめる華に、濡れたままの手で笹川は触れた。
「抗う方法がないなんて言わないで」
シャワーの水を止めたせいで、先ほどよりバスルームに言葉が反響した。
「一緒に抗いましょう」
華は、眼鏡の奥に笹川の強い目を見た。ボロボロと流す涙は、床に落ち、水と混ざり、笹川の膝を濡らしながら、排水溝へ流れてゆく。華は、まだ涙をこぼしながら、言葉にならない声で、はい、と呟いた。




