蝕む恐怖
しゅるりしゅるりと布が擦れる音を出しながら、左足に巻いてある包帯を解いていく。傷の保護のための包帯であったが、傷が見えないというのは華の心理的にも安定させるものであった。
左足の包帯の面積が少なくなっていくにつれ、華の心拍数は上がっていく。そこにあるのは人間への道か、腐敗の道か。パサリと完全に包帯がフローリングに落ちきった頃。華の足は露わになった。
引っ掻かれたところはそのまま赤く残り、その傷を中心として広がるように、赤紫の痣がまだらに広がっている。右足の白い綺麗に伸びた足は、一層左足の醜さを引き立てる。
「は……ハッ……」
目の当たりにした現実に、華の心拍数は上がるばかり、息も荒くなっていった。しかし、前のように取り乱したりすることはなかった。自分でも、分かっていたところはあったのかもしれない。
「そ……っかぁ……」
しかし、受け止めようとする気持ちの反面、大きな目からはボロボロと涙がこぼれ落ちる。血や膿の滲んだ包帯に落ちる涙は、布を灰色にしていった。
「くすり……薬塗らなきゃ」
よろよろと立ち上がると、消毒液と軟膏を手に取り、またソファにどかりと座る。ハアハアと口から息をし、ボロボロと涙をこぼす華は、ぐしぐしと目をこする。
滲む視界で震える手は、消毒液のキャップすら開けられなかった。ガタガタと震える自分の手が、避難所で見た発症者の震えを華に思い出させる。ぎゅうと拳を思い切り握る。冷たくなった指先が、手のひらに食い込む。
「やめて……まだ人間でいたい……」
拳を胸に押し込め、背中を丸める。
「震えないで、止まって……わたしはまだ人間なの……」
ソファに落ちる涙は、ひとつひとつ大きな音を立てて落ちじわりとにじんでいく。ぼやけた視界で寝ている雄太をみると、尚、胸が苦しくなっていく。
「ゆうくん……たすけて……」
小さな助けを求める声は、ソファの布に、ベットの布団に染み込み雄太の耳に届くことはなかった。いや、届けようともしなかった。華の、心の叫びであった。その悲痛な叫びは、華の口から華の耳へ届き、一層不安をかき立てていった。
震える手を、冷たくなった指先で、まるで自分のものではないかのようになってしまった足をギュウと抱えた。
「……わたしの体……まだ、わたしの体……ちゃんと、人間……」
じゃあいつか、人間じゃなくなってしまうの?
プラスの言葉を発するたびに、裏にある闇がまた一層大きくなり華を飲み込んでいく。
「……お願いだよぉ……なおってよぉ……」
抱えられた左足は、その意思とは裏腹にじくじくと病んでいた。何を言ってもどうしようもない現実に、華はただ、泣き、言葉で願い、抗うしかなかった。




