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過去を生きる

「藤田、あの件どうなった」

「片付きましたよ。」

「ああ……助かった。」


 総理が椅子をきしませながら座る。天井に大きく溜息を吐く姿に藤田は苦笑した。


「総理になって、一段と大変ですね」

「楽できると思って総理になったわけじゃないからな。」


 総理も天井を見上げながら、ハハと中身のない苦笑を漏らした。藤田は大量の資料と書類をまとめつつぼんやりと空中を見つめていた。そんな上の空の藤田に総理も、疲れからか少し意味もなく見つめつつ、声をかける。


「おい、どうした」

「あ……いやー、選挙、大変でしたね。思い出してました」


 山本総理自身も大変だったに違いないが、山本を総理にしようと裏で駆け回っていた藤田の方が大変であった。総理の顔こそ強面で悪事を働いていそうな顔だが、1番に政治を考える熱い人間であることを、藤田が1番分かっていた。


「大変だったな、勝ち戦でもなかったからな」


 そうですね、と書類を抱える藤田にまた声をかける。


「でも、お前が1番よく頑張ってくれた。」


 ありがとう、とかかる優しい声色に、藤田の涙腺が少し緩んだ。視界に入っていた、抱えている書類がジワリとにじむ。こういう、情に熱いところも藤田はよく知っていた。


「……身に余るお言葉です」


 藤田が震える声で言うと、総理はもともとシワの多い顔を更にくしゃりとさせ笑った。


「相変わらず涙もろい」


 ハッハッハッという気持ちの良い低い声で笑う。肩を上下させながらひとしきり笑うと、ハアと落ち着けるように息を一つ吐いた。ギイと背もたれに寄りかかると、総理はまたフウと鼻から息を漏らした。


「藤田」

「は、はい」


 藤田が振り向くと、目の前に銀色の何かが飛んできた。なんだか認識できなかったが、落とすまいと抱えてる書類を手放し、そのなにかをキャッチする。抱えていた書類は、まるで水のように藤田の足元から盛大に散らばった。まだ書類がヒラリと舞う中で掴んだものをみる。

 いつも総理が身につけていたネクタイピンであった。顔を上げ総理を見ると、総理のネクタイピンは姿を消していた。この手元にあるのが、総理のネクタイピンであることをやっと藤田は認識する。


「これからも頑張って欲しいからな。使い古したもので悪いが、質はいいものだ」

「そ……そんな!」


 いいから、と総理はにこやかな表情のまま手を振ると椅子を回し背を向けてしまった。藤田は、手の中にあるネクタイピンを凝視し、自分のネクタイにつける。えんじ色のネクタイに輝くネクタイピンは、ズシリと重く感じ、一層輝いて見えた。ギュウと力一杯握りしめ、藤田は、ありがとうございます、と、足元に落ちている書類にひとつ、染みを作った。


 ーーー


「……脳波動きました。」

「ふん……」


 四肢を縛られ、全くの自由がなくなっている藤田は、目を閉じていた。

 弱々しくも、指がピクリ、と動く。笹川は、逐一メモを取りながら話していた。


「……なんの夢を見ているんでしょうね」

「なに、楽しい夢さ」

「……だといいですね」


 噛み付く動作しかしない被験体が、なぜか笑ったように見えたと、笹川は思ったのであった。

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