すこしの和らぎ
部屋を追い出されるように廊下に出た雄太は、出るなりドシと壁に寄りかかった。ハアと大きくため息をつく。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫です、すいません」
そういう雄太は、目の下にクマを作り、右手は常にみぞおちをさすっていた。その様子に森宮は戸惑いながらも話を続ける。ちらりと部屋につながるドアを気にしながらも、森宮にぺこりと会釈をした。
「胃ですか?」
「ええ……」
とても笑顔を作れないような体調であるように見えたが、かろうじて口の端をあげ苦しい笑顔で森宮に応じる。その痛々しい顔を少し顰めたが、その顔を見て雄太は慌てた。
「いや、大丈夫ですよ。……俺より華の方が大変だし」
「……すごいですね、雄太さんは」
そうポツリと呟くと、雄太は項垂れていた頭を持ち上げ森宮をみた。森宮はその虚ろな目にびくりとしながらも、目はそらさなかった。
「……すごくないです、全然。」
「華さんの支えになれてて……」
森宮がそういうと、雄太は一瞬考えたような顔をしてまた、ヘラっと笑った。
「……あの女性」
華の話題からそらそうと、雄太はドアを見やりながら話す。
「ああ、笹川さんですか?」
「……出来てるんですか?」
出来てる?という森宮はその意味を反芻させる。‘‘出来てる’’が、‘‘交際している’’という意味だとわかった瞬間、大きな腕を目の前でブンブンと振った。
「いやいやいやいや……」
大きな男が必死に腕を振っている姿は雄太にはとても面白おかしく見え先ほどの作り笑いではない笑顔で、軽く笑う。
「はは、今の間、怪しいなぁ」
「いやいや、本当に……」
「でも、綺麗じゃないですか」
えーと、笹川さん。と雄太は笑いながらいうと、森宮は、ブンブンと腕を振る中でギロリと睨む笹川の顔がフラッシュバックする。鋭い目つきを思い出し、いやぁ……と苦笑する。
「綺麗ですけど……そんなこと言ったら、なんて返ってくるか……」
「女の人なら嬉しいでしょう」
「セクハラとか……訴えかねられない……」
そう本当に訴えられたような深刻な顔でいう森宮に、雄太は、ブ、と吹き出した。
「変に真面目ですね」
「変にってなんですか」
「はは、すいません」
少し涙目になった目を指で拭うと、顔を上に向けハアとひとつ息を吐いた。その息は、色々な重いものが含まれているように深く長く吐く。
「なんだか、すこし楽になりました」
「そ、そうですか……」
森宮はなぜ雄太が楽になったのかは分からなかったが、それなら良かったですと微笑んだ。その時ドアが開き、森宮の想像通りのギロリとした目つきの笹川が出てくる。
「雑談は終わったかしら」
「あっはい!」
笹川が片手で重そうに持っていた道具をヒョイと森宮が担ぐと、行きましょうかと声をかけた。その様子を、すこしワクワクしたような顔で雄太見る。
「笹川さん、ありがとうございました」
後ろから聞こえたのは華の声であった。ヒョコヒョコと左足をすこし引きずりながら玄関まで歩いてきたのである。その様子に驚いたように雄太は華の腕を掴み支えた。
「華、大丈夫なの?!」
「うん、平気。ありがとう」
そういいにこりと笑う華は先ほどより険しさがなくなっているような表情に、雄太は安心した。
「できるだけ安静にね」
そういうと、周りをキョロキョロと気にしながらドアを開け出て行く。閉まりつつある狭い隙間から森宮が会釈をする。慌ただしくバタンとドアが閉まると、なにか部屋が喚起されたような爽快な気分が2人を包んだ。
「ゆうくん」
「ん?」
「ありがとう」
そういうと、支えている肩にコテンと頭を預けた。
「ううん」
そういうと雄太も華の頭に頬を擦る。閉まったドアを見つめながら、2人穏やかに微笑んでいた。
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「……セクハラ」
「えっ!!」
できるだけ物音を出さないように、早足で走っている笹川がそう呟くと、森宮は聞かれていた! と目を見開く。やってしまったと項垂れる森宮からは、すこしだけ微笑んでいる笹川の顔は見えなかった。




