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決心と不安

 太陽が真上へ登ろうとしている昼間、笹川と森宮は華のところへ訪れていた。


「えっと……狂犬病のワクチンを打つんですか?」

「症状が狂犬病に似ているんです。なので、なにかしら効果があるか、どうか」


 ベットの上で上半身を起こしている華は、無表情でワクチンの準備をしている笹川を凝視する。いつもなら目をそらしてしまう注射の針の先が、今はとても素晴らしいもののように感じる。


「効果は……確実ではありませんが」

「打ってください」


 笹川の言葉に食い気味に反応する華に、雄太は少し驚く。


「華?」

「治るかもしれないものは、すべてやってください」


 強く握られた毛布と、目を開き、焦りを見せている見たことのないような華の姿であった。


「……わかりました。そのように先生に伝えておきます」


 そういうと、左足に巻きついている包帯に手をかけようとしたところで、先程から呆然と立っている雄太にちらりと目をやる。


「……彼氏さん、SPと、廊下に出て貰って良いですか?」

「え?」


 森宮が、タイミングよくドアを開ける。その様子を見るも、やはり真剣な顔をして動こうとはしなかった。


「心配なので、そばにいちゃダメですか」

「注射するだけです。……女同士で話したいこともあるし」


 そう言われ、華を横目でちらりとみると、華は大丈夫だよと呟いた。……それじゃあ、とおぼつかないような足取りで廊下に向かう。笹川と華の2人の目線が、雄太に集中し、雄太がやっと廊下に出たところで、森宮が軽く会釈をしドアを閉める。少しの静寂が部屋を埋めた。


「……あの、話したいことって」

「特にないわ」


 え、と華は言葉を漏らす。笹川は淡々と包帯を解いていくだけであった。俯いて包帯を解く笹川はとても冷たく見え、そうですかと小声で呟くと、華は肩を竦ませた。

 笹川は、華の方を見ずに包帯を全てほどに終える。

 指の先は赤黒く染まっていた。


「……ずっと、二人の世界だと息がつまるでしょう」


 いきなり発された言葉に戸惑いつつ、華は肩をびくりと跳ねさせた。


「え……いや……」


 一度否定した言葉を出したものの、華は、その言葉を自分の中で反芻した。感情をぶつける相手も、ぶつけられる相手も、一人しかいない。1週間近く雄太以外誰とも会わずに生活するなど普通に生活していればありえない、非日常の異常さに改めて気付く。

 昨日の雄太に対する態度などを思い返して見ても、2人だけの世界にずっといるというのは、悪い考えや雰囲気が換気できず籠っているような感覚であった。


「……それもそうですね。ゆうくんには、たくさん迷惑かけてる。」

「それでも、逃げない彼、すごいと思うけど」


 そういうと、注射器の先を指で弾く。針の先からは、ぴゅ、と液体が漏れた。


「……頑張ってるだけなんです。」


 華は、そういうと眉を下げて悲しそうに俯いた。


「頑張らせてるのは、私なんですけど……」


 少しはにかみながらも変わらず悲しそうな表情でいう華を横目で見ながら、無言で注射をした。痛さも感じずに針を抜かれたことに、華は落ち込んだ。痛覚がもう失われているということを再確認したからである。


「……治る為なら、なんでもしますから……」


 そう呟く華に、笹川は1枚紙を渡した。


「私の電話番号。何かあったら」


 副作用でも、良い結果でも悪い結果でも、というと、また変わらぬ表情で包帯を巻き始めた。

 華はその小さなメモ用紙を両手で受け取ると、ジィと凝視する。その様子に、包帯を巻き終えた笹川が不思議そうに話しかけた。


「電話番号が、そんなに珍しい?」

「あ……いえ……ありがとうございます」


 そういうと、華はふんわりと微笑んだ。その笑顔に釣られ笹川も、微々たるものだが口の端を上げた。華は、やっと一歩踏み出したと、もらった紙を一層強く握り、胸に押し当てた。

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