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苦いおやすみ

 深夜、見回りに森宮は各階を回っていた。最後、藤田が隔離されている地下三階に降りたところで部屋の中の明かりが灯っていた。誰かいるのかと覗いてみれば、薄明かりの中、柿原医師と笹川が立っている。その目線の先には、落ち着いた藤田がいた。

 控えめにノックをし、ドアを開けた。


「あの、見回りしてたんですが」


 柿原医師は後ろで手を組み、森宮のほうを見ずに返事をする。笹川は、真剣な目つきでバインダーに何かをメモしていた。


「今終わる。一緒に行くから待っててくれ」

「音立てないようにお願い」


 そういうと、森宮は静かにドアをしめる。柿原医師がポケットからライトを取り出し、藤田の目に光をあてる。そうすると、また昼間のようにガタガタと手錠を鳴らした。最初の体力はなくなり弱まってはいるものの、痛々しく血が滲んでいる傷跡であのような動きは、いきている人間では到底できそうにない。


「光」


 柿原医師がそうとだけ呟くと、笹川が瞬時に反応しメモをする。その手がピタリと止み、藤田の発する音だけが部屋に響く。

 その音も徐々に弱まり部屋は完全な静寂となった。薄暗がりに、笹川と柿原医師、そして拘束されている藤田はあまりないような光景で、森宮はゴクリと唾を飲む。


 その瞬間、パン、と破裂音がした。柿原医師の手拍子であった。静寂な部屋にいきなり響いたその音に森宮の心臓と肩がバクリと跳ねる。


 それと同時に、藤田も反応した。先ほどとは違う様子で歯をむき出しにし噛みつくような仕草を見せた。


「音」


 笹川がまたバインダーにメモすると、柿原医師が一つ息をつく。


「光、音に反応……感染後発症率ほぼ100%」


 うなる藤田を気にしない様子で、ドアへ歩いてくる。笹川は、藤田に布をかぶせ後ろをついてきた。森宮はドアを開け、2人を部屋から出すと再確認し、鍵を閉めた。中からはいまだに、唸り声がひ眉間にしわを寄せる。


「狂犬病の狂騒型のような症状だな……あの少女は麻痺型か」

「狂犬病ですか」


 不安感、錯乱、恐水症、恐風症、麻痺……と、狂犬病発症の症状をつらつらと述べる。笹川がマスクを取りながら、メモした内容を穴が空くほど見ている。森宮が口を挟むと、また笹川にギロリと睨まれた。


「狂犬病なら、ワクチンがあるんじゃ……」

「……感染前ならワクチンはあるけど感染後は死亡率ほぼ100%よ」


 そんなことも分からないのと、笹川はイライラしながらエレベーターのボタンを連打する。森宮はその様子を苦笑しながらエレベーターを待った。


「狂犬病なら、感染後でもワクチンを投与する治療はあるが見込みはなかろうな」


 エレベーターが地下につき、窮屈なエレベーターに3人乗り込むと、柿原医師が笹川に声をかける。


「まあ、やってみないことには分からん。物は試しだ。あの少女にワクチン投与してくれ」

「……わかりました。」


 そういうと、軽いベルの音がして柿原医師の部屋の階に止まる。


「まあいろいろ調べてみるさ……そこの君、適当に部屋使いなさいね。」


 森宮が、ありがとうございますと返事をしようとすると振り返ったので、何か言うのかと、開ける のボタンを押した。


「ま、男女一緒の部屋は、感心しないけどの」


 そういうと、意地悪そうにケタケタと笑いながら部屋に入っていった。また、ガガ……と音を立てながら扉が閉まる。笹川と森宮2人の空間に、気まずさが満ちる。油の切れたロボットのような動きで笹川を見ると、もう、イラつきが度を越したような目つきで森宮を睨んでいた。

 一歩動けば殺される、というような空気感に耐え切れなかった森宮は、冷や汗を流しながらいった。


「あ、あたりまえじゃないですか。」


 ねえ、と冗談の同意を求めるも、ドアが壊れんばかりに睨みをきかせ、更に歯を食いしばりギリ、と音を出していた。

 その様子に森宮は大きい肩を竦ませる。また軽いベルがなり、ドアが開く。


「……ああいうことなので、明日車出してもらうから」

「わ、かりました。了解です。」


 大きな一歩でエレベーターを出る。コツコツと廊下を歩いていく後ろ姿に、森宮が声をかけた。


「お疲れ様です。おやすみなさい」


 そういうと、ドアが徐々に閉まる。その言葉にまた、笹川は振り返りながらギロリと睨む。予想していた通りのその目にまた苦笑しながらも軽く会釈をした。

 森宮の乗ったエレベーターは、物置と化している4階へと登っていった。その上がっていくエレベーターを見ながら、笹川は、おつかれ、と呟き、部屋に入っていったのであった。

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