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言い聞かせる希望

 

 華はぱちりと目を覚まし上半身を起こす。華が先ほどのような惨劇を繰り返さないように見張ってずっと起きていた雄太は、力尽きぐうぐうと寝ている。


 暗がりで携帯を開くと、まぶしさに一瞬目を細めた。携帯会社がどうなっているか華には分からなかったが、最近接続があまりよくない。被害がついに電波にも来ようとしているのかと思うと、また危機感をあおった。ネットニュースでは、未だ「症状発症者の隔離、原因究明に努めている」とだけ出ていた。


「水道……水は今のうちに確保しておいたほうがいいのかな」


 そう呟くと、携帯を置いた。また部屋は明かりのない暗がりに戻る。


 目の慣れた暗がりで自分の左足を見つめる。先日より厚くなった包帯は、自分の狂気的な行動を思い出させるようであった。


「……」


 すこし動かして見るも、痛くはない。鎮痛剤を打ってもらったとしても、もう切れている時間のはず。


 華は、その事実に下唇を噛み、いきなり太ももを思い切り拳で殴った。雄太を起こしてはいけないと、噛み締めた歯からは、フーフーと息が漏れ目からは涙が伝っている。叩いた太ももは、赤くじんわりとにじんでいる。


「なんで私なの……」


 つよく殴った太ももを、また爪を立て引っ掻く。赤く線になった白い太ももは痛々しかった。つよく噛んだ下唇からも血が伝っている。


「なんであんなところにいたの……!」


 いま悔やんでも意味のない後悔が怒りとなり華を襲う。何度も、何度も細い腕は拳を握りしめ太ももへと振りかぶる。

 泣き叫びたい気持ちを喉で押し殺し、毛布に漏れた声を染み込ませた。


「……ふぅっ……」


 毛布にはジワリと涙と切れた唇から伝った血が染み込む。


「……はな?どうした?」


 雄太が寝ぼけ眼のまま華の背中をさする。


「具合悪くなった?」


 華は、噛みちぎろうかというくらい毛布を噛み声を押し殺した。もう、雄太には迷惑はかけたくないという思いもあった。


「……だ、いじょうぶ……」


 ぎゅうと強く毛布を握りしめた拳を、雄太の手で重ねた。ブルブルと震える背中を、トントンと叩き落ち着かせようとした。


「はな……」


 その、目に見えてわかる華の不安に寄り添おうと雄太は言った。


「華がどうなったって、俺が守るから」


 そういうと、華はピクリと反応し、毛布に顔を沈めたまま、目だけ雄太にやる。


「……どうなったって……って」


 その目は、狂気でもなく怒りでもなかった。しかし、安堵でもない。


「……ゾンビになっても、ってこと?」


 悲しさ、である。


「ゆうくんは、私がゾンビになると思ってるの?」


 発症するかもしれない、その実感は華がよくわかっている。だからこそ、それは自分だけでいいと思っていた。もちろん雄太も、華がそうなるかもという上で行動してくれているのは承知であった。


 自己中かもしれないが、雄太には、雄太にだけは、大丈夫だよ、ならないという絶対的な希望を持っていて欲しかった。尚更、言葉に出して欲しくなかったのである。


「……もう、治らないって思ってるの?」


 華だって、その会話が揚げ足取りだということはわかっていた。また、不安を爆発させ、雄太を困らせていることもわかっていた。しかし、止まらない。


「華、ちがう」

「ちがうくない、前は、治るって言ってくれてたのに」


 もう、受け入れてるの?華は、ただ涙をこぼした。


「ちがうって、華……」

「ゆうくんには分からないよ」


 暗闇の部屋に、華の声が響く。


「ゾンビになって、ゆうくんを襲っちゃうかもしれないんだよ。あんな、人間じゃない見た目になるんだよ。」

「華……」

「……ゆうくんとこれから一緒に生きていけないんだよ……」


 一緒にいられなくなるかもしれないんだよ、そう言って、雄太の胸に頭を預けた。


「華、治るよ」

「……分からないよ、治らないかもしれない」


 雄太のシャツをつかみ、しゃくりあげ涙をこぼす華の頭を撫でる。


「治るよ。治ってずっと一緒にいる。」

「うそ……」

「本当。治るよ……だから華、泣かないで……」


 雄太は、もう、そうするしかなかった。

 雄太の中で不安が渦巻いていても、こうしなければならない。1番の不安は、華なのだから。それくらい飲み込んで、希望を言い続けよう。それが、華の安心につながるのなら。


 雄太は、胃に鈍い痛みが走りながらも、大丈夫、と頭を撫でた。

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