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吐露

 狭い2人暮らしのアパートの部屋に、5人がぎゅうぎゅうに入っていた。その中で、一際大柄な森宮は華の傷口を痛々しそうな顔で見ている。


「はい、処置はこんなものかな。」

「あ……ありがとう……ございます」


 包丁の切れ味が悪かったためか、骨まで達さずに縫うだけで済んだ。華の左足をポンと柿原医師は叩いくと、すこし検査させてもらっていいかな、と針を取り出した。


 足の指の先からツンツンと刺して行く。


「これは痛くないかね」

「……痛くないです」

「ふん、これは?」


 どんどん登ってくる針に、華はふくらはぎあたりで痛いと伝えた。傍で聞いていた笹川は、バインダーに逐一なにかをメモしている。

 医者が華を見てくれているという安心感で、雄太は少し落ち着きを取り戻しつつあった。


「はい、ありがとう」


 そういうと、また一層華の左足の包帯は厚くなる。目が虚ろな華は、まだ自分の左足を見つめていた。

 そんな痛々しい姿を横目に、雄太は助かりましたと頭を下げた。


「あれだけ包丁で切ったからね。抗生物質は打っておいた」


 華が横になってからベットを取り囲む4人から少し離れ、ドアの近くに立っている森宮はキッチンにちらりと目をやる。元が何色だったかわからなくなったようなキッチンマットと、マットと同じ色で濡れた包丁は異常な光景だった。


 またにかおる血生臭い匂いに顔をしかめると、笹川の鋭い眼光が飛んでくる。そんな顔して、また患者が不安定になったらどうするんだと言われているようで森宮は背筋をただす。


「……あの、本当に……治るんでしょうか」


 ぽろりとこぼした本音に、華に注目が集まる。手は震え、涙目になっていた。自分の裾をしわになる程握っている。


「足が……痛みを感じなくなって……勝手に……動いたような気がしてきて……」


 このまま、段々、の語尾になるにつれ、声を聞き取るのが難しくなっていった。


「華……」


 雄太はベッドの脇にひざまずき、血管が浮き出るほど強く握っている拳に手を重ねる。


「ゾンビになるなら……ゆうくんを襲ったりするのなら……わたし……」


 目の表面張力の限界まで涙が溜まっている。俯いて表情は見えないが、震える声は悲しく部屋に響いた。


「あの……」


 集まりの外にいた森宮が口を開く。突然の低い声に、華はぽかんと見上げた笹川は、少し緊張した面持ちで喋った。


「ゾンビのような症状を発症した人は、すぐ発症しました……ゾンビが出てきてからもう1週間でしょう。なのに佐々木さんはまだなってない……」


 華の潤んだ目線と、お前は何を言いだすかと笹川の刺さるような眼光に、すこし冷や汗をかきながらも続けた。


「他の人たちと違うから……希望はあるとおもいます」


 こうやってお医者さんも見てくれているわけですし……と、身振り手振りを加えながら話す。柿原医師は、ずっとあごひげを触っていた。


「そうだよ華。だから……気を強く持とう」


 雄太は困ったような顔でその華の瞳からは一つ大きな涙がボタと垂れたが、その涙を親指で拭うと、ウン、と小さく返事をした。


「私共も、できるだけ早く結果を出せるように努力していますので」

「はい……」


 もうそろそろ車が戻って来る時間ですと伝えると、笹川と柿原医師は立ち上がり玄関に向かう。それを見送ろうと華も立ち上がろうとするが、そのままにしていなさいと静止させられる。


「あの……ありがとうございました。すいません」


 ぺこりと頭を下げると、柿原医師は医者だから、と微笑み去っていった。慌ただしく閉まる玄関のドアの音が部屋に響くと、また部屋は静けさに包まれる。


「ゆうくん、ごめんね」

「ううん、華が無事でよかった」


 ごめんねを繰り返す華に、ただ大丈夫だよと言い寄り添う。ボタボタと垂れていた涙は徐々に少なくなり、華は雄太の手を優しく握り返した。


 ーーーー


 ゾンビに壊されないようにとずっと走らせていた車に3人が乗り込む。バタンとドアを閉め、3人は息を落ち着かせた。

 いやあ怖かったと胸に手を当て鼓動を落ち着かせようとするも、笹川からかかる一言でまた心臓は跳ね上がった。


「……森宮さん」

「は、はい」

「私達はまだ何もわかってないの」

「……はい」

「まだ病名も付いていないものを発症者と呼ぶしかない」


 後部座席から、ひんやりとした声に問いかけられるとなんとなく姿勢をただす。


「いきすぎる希望は毒よ」


 チラリと後ろを見ると、悲しげな顔で外を見ている笹川がいた。柿原医師は変わらぬ表情で書類を見てる。


「……すいません」

「いいじゃないか、そんなカリカリせんでも」


 さ、帰ったら研究だと柿原医師は書類をバサリと笹川の組んでいる足に乗せる。


「……はい」


 ただ書類をめくるだけの音が、車内に響いていた。

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