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タバコのケムリ

 

 森宮は、廊下のベンチでコクリコクリと船を漕いでいた。地下シェルターという安心できる場所で、眠気が襲って来てしまった。

 というのも、ゾンビ発生から運転手や護衛として気が張り、慣れない日々が続いていた。


「……や……みや……森宮さん!」

「あっはっはい!!」


 180センチの大きな体を反応させながら、ビシッと気をつけをする。足らそうになったヨダレをふきながら、寝ぼけ眼で見ると呆れたような顔の笹川がいた。マスクをしていて目しか見えなかったものの、目だけでも呆れてあるのが伝わってくる。


「護衛が寝るなんて危ないわ」

「申し訳ありません……寝心地が良くて」

「その、かったいパイプ椅子が?」


 起立する大きな体に隠れたパイプ椅子を、ちらりと見る。森宮は、後ろ頭をかきながら照れたように言った。


「ここ最近、ゾンビの声ばかり聞いていたものですから……無音というのは久しぶりな気がして」


 地下シェルターとは言え、実験台にゾンビが運び込まれているので安全とは言えない。申し訳ないと頭を下げると、笹川はひとつため息をついた、そのため息に、ああ怒らせてしまったと自分を責める。


「……先生を部屋まで運んでくれます?」

「あ、ええ、はい。」


 表情が見えない笹川についていくと、椅子にぐったりとしている先生がいた。疲れたように腕をダラリとさせ、グゴゴ、とイビキをかいている。


「大丈夫なんですか?!」

「いつもなの。張り切り過ぎて、ぐったり。たぶん、自分が年取ってるって理解してないんじゃないかしら」


 いい意味でも悪い意味でも。と笹川がいうと、周りの研究員が違いねえなとすこし笑う。


「さ、おぶって。」


 そう言われ、心配しながらも明日の前に屈む。研究員のせーのという掛け声で背中に柿原医師が乗るも、森宮の屈強な筋肉のお陰か重さを感じさせないようにヒョイと持ち上げる。その様子に、オオ……とすこしの歓声が上がった。


「俺も疲れたから運んでもらおうかなぁ」

「ほんと、そうしたいくらいだよ」


 そんな歓談が聞こえる中、ずっと弱々しく唸る藤田が横たわっている。手首の手錠で擦れた傷跡は見るも絶えない痛々しい傷であった。気楽な会話に、唸る藤田は不釣合いで、森宮は、楽しい会話をするのが不謹慎な気がした。


「……どこへ運べば」


 そういう森宮に、笹川は一瞬驚いたような顔をする。見たことのないような怖い目をしていたからである。なかなか返事の帰ってこない笹川を一瞥すると、笹川は慌てた様子で案内するわ、と言った。


 エレベーターに乗り込み、B1のボタンを押す。一階上であったためすぐドアが開く。長い廊下の一番手前の部屋を開けると、簡易ベットに机。その机には膨大な量の資料が重なっている。その資料は床にも散らばり、踏まないように歩くのが困難であるほどであった。


 協力して優しく簡易ベットに柿原医師を寝かせると、笹川は優しく毛布をかける。グオーと一層おおきなイビキを立て、ごろんと寝返りを打つ柿原医師を見届けた後、笹川は森宮に言う。


「……一服しましょう」

「あ、いや、自分、タバコは吸わないので……」

「じゃあ付き合いなさいよ」


 ギラリと睨む笹川の目線に、森宮はハイと答えるしかなかった。静かに柿原医師の部屋を出ると、またエレベーターに乗り込み、3Fのボタンを押した。機械的な音がなるエレベーターの室内では、結んでいた髪をほどき、髪にかかるか掛からないかほど髪をガシガシと雑に手で梳く。


 そのすこし気まずい空間に、森宮は上がっていくエレベーターの数字を見ることしかできなかった。


 廊下の先にある裏口のようなドアを開けると、小さなベランダのようになっていた。慣れたようにポケットからタバコを取り出すと、風の吹く中カチカチと眉間にしわを寄せながら火をつける。


 フウと吐いた煙は、風に乗ってすぐ消えていった。


「……SPってもっと、しっかりしてるのかと思ったわ」


 アハ、と紛らわすように笑うと、また厳しい視線が飛んできた。その視線にすこし姿勢を正しながらも、参ったな、と森宮は思った。眉間にしわ寄せながらタバコを吸う笹川に、一言呟く。


「……優秀なSPは全員……死にましたよ」

「どうして?」

「映画で見るSPなんかは好戦的で銃撃ちまくりですけど、本来SPって、自分のみを投げ打って対象を守るんですよ」


 飛び込んだりして、などとジェスチャーを加えチラと笹川をみるも、変わらない表情でタバコを加えていた。メガネのせいですこし幼く見えるが、切れ長の目にあまり開くことのない大きな口はタバコは、妙に似合っていた。


「……だから、守ろうと言う優秀なSPは、真っ先に発症者にかまれたわけです」

「なるほどね」


 ……無慈悲なもんだね、と吐いた煙が森宮の顔にかかり、思わず目を瞑る。フフッという笑い声が聞こえ、森宮が目を開ける。


「煙でそんなんだから生き残れたんだね」


 そういってタバコを噛む笹川は、ニヤリと笑っていた。嫌味なことを言われたよりも、初めて笑った顔を見たかもと、森宮はすこし驚き、中身のない返事をしてしまう。


「……そうかもしんないっすね」

「あのねえ、そういう、向上心がないようなところもだと思うよ」


 いやぁ……とうなじをかく森宮は、ひとつため息をつく。その息には色はついていなかったが、生ぬるい風によってどこかへ消えていく。


「……正義感は、人一倍みたいだけど」


 そう聞こえない声で呟く笹川に、森宮は聞き返すも答えてはくれなかった。ギリギリまで吸ったタバコをコンクリートの上で擦る。タバコの箱を開け、舌打ちをした。


「もう5本しかない」

「禁煙ですね」


 無理、と冷たく言い放ち、ベランダのドアを開ける。ええ……と困惑する森宮を横目に、髪を束ね始める。手櫛で雑に整えると、うなじがちらりと見えた。


「禁煙になる前に、薬作って、タバコ買いに行ってやるわよ」


 そういうと、振り向きもせず出て行った。


「……勝気だなぁ……」


 そうぼそりと呟く声は笹川には届かない。いや、届いていたらギロリと睨まれたやも知れない。


 コンクリートに擦られたタバコがまだ燻っていた。

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