日常の夢、夢の日常
「雄太くん!」
そう雄太を呼ぶ華は、人混みの中でピョンピョンと跳ねていた。落ち着いたブラウンのワンピースを秋風に揺らしている。しろいスヌードの中に黒い髪が埋まっていた。
「ごめん、待たせた?」
「ちょっと待ったー」
早くしないと映画始まっちゃうよ、と華は自然に雄太の手を繋ぐ。その細い手は、ひんやりと冷えていた。引っ張る手の先には、頬を赤くした華が微笑んでいる。映画館にはいると、映画館特有のポップコーンの香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「わ〜」
そういうと、華はスゥと思い切り息を吸った。
「華ちゃん、映画館初めてな訳ないでしょ?」
「初めてじゃないけど、この匂いとこの雰囲気、映画だ〜って気がしない?」
なんか分かる気がするなと呟きながら、ニット帽を外す。華を見ると肩を上げ、ポップコーン買う?と満面の笑みで雄太を見上げた。
「俺そんなに食べれないかもな」
「じゃあ一緒に食べよう、私食べたい!」
そう言って、売店に並ぶ。バターの匂いがふわりとすると、塩味の気持ちが揺らいじゃうねぇ……と言っていた。
「飲み物は?」
「トイレ行きたくなるとやだから、あんまり飲まないんだよね」
「じゃ、俺のシェアしよう」
そういうと、さっきと逆だねーと華は屈託無く笑う。待ち合わせから、華がずっと微笑んでいるのをみると雄太まで気持ちが暖かくなった。
「800円になります」
「あ、はい」
そういうと、華は財布を出したが、いいからと雄太が千円札を出す。その気遣いに華は素直に、ありがとうと、ポップコーンと烏龍茶を受け取った。
小さい顔が大きいポップコーンで隠れたままチケット買わなきゃーと華が言う。トテトテとチケット売り場に歩いて行こうとした華を止め、そのポップコーンを雄太がスッと取ると、華の目の前にはチケットがあった。
「前売り買ったからそのまま入れるよ」
初デートだからと、張り切った雄太は失敗してはいけないと前売りチケットを買っていた。もっと言えば、この後のご飯だって予約してある。華は、ポップコーンを持った形の手のままポカンとして、雄太を見上げる。ヒラヒラとチケットをはためかせると、華はぼそりと呟く。
「……用意周到」
「……スマートっていってくれない?」
そうそう、それそれ。スマートだね、と微笑みながら言い直す。
『14:00上映、ゾンビパニック〜日本上陸〜、開場致します。チケットをお持ちの方は〜……』
雄太は、片手にポップコーンを抱え、片手は華の手を取った。華は、その大きい手にドキリとする。
「行こっか」
振り向いた雄太が優しく微笑む。華は、ドキリと心臓がひとつ跳ねた。グッと、口から心臓が出ない様に喉に力を入れた。
「かっこいいなぁ」
「え〜??」
引っ張られる様に歩いていた華は、少し小走りをして雄太に並ぶ。すこし耳と頬を赤らめながら、大きな目を細めて、楽しい、と呟いた。
下から見上げられる華の笑顔は、とんでもなく可愛かった。その顔を見れただけで、チケットを用意したり似合わないことをした甲斐があったと、雄太も満足げに笑う。
長い予告が終わると、フッと明かりが落ちる。座席で握ったままの手に気を取られて、あまり内容は覚えていない。覚えているのは、たまにビクッと反応すら華の手と、びっくりしちゃったと恥ずかしそうに笑う笑顔であった。
かなり無残な映画であったが、青い光に照らされる華は、とても無邪気で可愛らしく見えた。
「華……」
パチリと雄太が目を覚ますと、頭は華の膝の上であった。テレビは、録画していたバラエティが流れている。雄太が発作を起こさない様にとなるべく明るいものを流していた。華の手が優しく頭を撫でている。
「はな……ちゃん」
「あは、懐かしい呼び方。」
変わらず頭を撫でている華の手を取る。ちらりと目線を外すと、包帯の巻かれた左足が目に入った。華に気付かれないように、小さくため息をつく。
「……夢だよなぁ」
「なに? なんの夢みてたの?」
覗き込む華のほっぺを両手でペチと当たる。
「……華が、雄太くんって呼んでた時」
「じゃあゆうくんが、華ちゃんって呼んでた時だ」
ふふ、といたずらに笑う華は、あの時よりは大人びていたが可愛らしさは変わっていないなと雄太は思った。
「……いい夢だった」
そういう雄太に、よかったねぇと華はいう。
いい夢でもあり、悲しい夢でもある。
いや、悲しくない。また、きっとあの日常に戻れるはずだと、頭を撫でる心地よさに身を任せ、また雄太は目を閉じた。