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研究室

 

 ガレージのシャッターがガシャガシャもうるさい音を立てて閉まる。車内から見える景色は、音に向かってヨロヨロと向かってくる発症者たちが、シャッターによって遮られる。


 この世とは思えない光景が段々シャッターで遮られていくのは、まるで舞台の幕のようだった。完全にシャッターが閉まった後、一瞬ガレージ内は暗闇に包まれたが、すぐに電気がチカチカと灯った。


「先生!遅いから心配しましたよ」


 シャッターが完全にしまったことを確認すると、ガレージから施設内に繋がっている扉を開け、メガネの女性が少し苛立っている様子で声をかけた。運転手兼、護衛の森宮(もりみや)は、その女性に声をかけた。


「大丈夫ですよ、私が付いてますから」


 凛々しい眉毛を上に向け、ニッと笑ってみせた。その臭いセリフと仕草に若干引いた様子を見せる。


「脳筋だから不安なんでしょう!」


 バッサリと言い切られてしまった森宮は、分かり易いように口をヒクヒクとさせた。後部座席から、足腰を気にした様子で柿原医師が降車する。その様子はまるでどこにでもいる老人であった。


「なに、車なら大丈夫さ。そんなにイライラして生理かね笹川(ささがわ)くん」

「先生それセクハラです」


 未だに不機嫌な笹川は、扉をあけて待つ。柿原医師が施設に入り、最後に森宮が安全を確認し重い扉を閉める。

 人感センサーで灯った明かりがフと落ちる。誰もいないガレージのシャッターは、発症者たちの体当たりによりガシャガシャと音を立てていた。


「準備はできとるのかな」

「手術台に。麻酔はまだしてません。効くかどうか分かりませんが……」


 コツコツと白い廊下を歩く。

 柿原医師は、大学病院に顔を出すこともあったが年を取ってからは専ら研究者として活動することが多くなった。今ではそれが功を奏しているのか、こうして医師と研究者としての双方から見ることが出来る。その白い廊下を歩く様子は、大病院の医師の回診に見えた。


 仰々しい白いエレベーターのボタンを押す。エレベーターがくるまでの少しの沈黙、森宮が口を開いた。


「この施設、地下があるんですね」


 B3.B2……と上がってくるエレベーターの数字を見ながら、笹川は目線を外さずに、地下シェルターがあるんですと冷たく答えた。

 外の光が入らない廊下は、その冷たい返答をさらに冷たく感じさせたが、鈍感な森宮には伝わらないようだった。


「地下シェルター!」

「……先生が興味で買われたんです。いらないって反対していたんですけど、こんな事起こるもんですね。」


 ほら言っただろうと何故か誇らしげな柿原医師は、エレベーターがくると真っ先に乗り込んだ。笹川は、1番下の階のボタンを押しすぐ様閉めるを押す。ゴー……と動く音だけがなる静かなエレベーターは、止まることなく一直線にシェルターへ向かう。


 アニメのような、敵のアジトのような研究所に森宮は少し、ドキドキしていた。そんな様子に目もくれず、ただただエレベーターの光る数字が下がっていくのを見ていた笹川は、地下に着くや否や徐々に開く隙間を細い体で摺り抜け、ドアを抑える。


 一面白く、手術着のようなものに身を包んだ人が何人か立っている。待ってましたと言わんばかりの出で立ちである。

 柿原医師が慣れたように、研究員たちが持っていた手術着を着、マスクをつけ手袋を付ける。その一連の動作は、さっきふらふらと歩いていた老人とは全くの別人のようで、機敏に動く様子をすこし驚いていた。


「森宮さんも一応着てください。でも部屋には入らないように」


 そういってバサリと雑に手術着を渡すと、柿原医師と笹川、そしてそのほかの研究員がゾロゾロと部屋に入っていく。さながら、本当にドラマで見る大先生のようだと森宮はのんきに思った。


 手をかざすだけでドアが開くセンサーを慣れたように通り、笹川はメガネをかけ直す。


「血液検査、体温は測りました。血圧は測定不能です」

「測定不能?」


 そういい、笹川をみると眉間にしわを寄せ、くさい顔をしていた。


「……あのような様子なので、血液を取るのが精一杯です。」


 そう言った目線の先には、ベットに手錠で四肢を固定されながらも、首を振り周しベットの上で跳ねている藤田の姿であった。


 歯を食いしばり、歯の隙間から犬の威嚇のように唾を飛ばしている。手錠で固定されたところは傷付き、肌はボロボロであった。その姿に、柿原医師を除く研究者たちは目をそらしたくなる思いだった。


「おう、生きがいいこと。」

「先生……」


 やめてください、とため息をつく。柿原医師が藤田の横に立つと、見えているのか分からない、充血した瞳で柿原医師の方を見る。気をつけてくださいねと笹川が不安そうな様子で言う。それを気にせず、柿原医師は藤田……藤田だったものに喋りかけた。


「うんうん、藤田くん。君のその誠意、無駄にしないからね」


 そんな言葉は藤田に届くはずもなく、依然金属のぶつかる音が響き、自分の動きで自身の四肢を痛めつけていた。どれほど食いしばっているのか、ギリギリと歯を擦る不快な音がした。ウゥウゥと唸り、ベットにガンガンと頭をぶつける。見ていて痛々しい様子に、笹川は目をそらした。


 その状態をもろともしない様子で観察している柿原医師の周りを研究員がバタバタと準備を始める。


「なんだか狂犬病みたいだね」

「……狂犬病ですか」


 ふん、と鼻を鳴らしアゴに手をやる。癖なのだろう。マスクで覆われている髭には触らなかったものの、マスク越し、ゴム手袋越しで髭を触る動作をした。


「まあ、存分に調べさせてもらおう」


 藤田くんに敬意を払ってね。

 その言葉を筆頭に、部屋はまた、忙しくなった。


「あっくそ……ここがこうで……あれ……」


 その頃森宮は、部屋の外の廊下で後ろで結ぶタイプの手術着に手間取っていた。


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