救いの紙きれ
周りを見渡しつつ、息を切らしながら階段を駆け上がる。いつもは灰色に見える世界が、夏の日差しがキラキラとそのまま目に飛び込んでくる。鍵を急いでさし、ドアを開けた。
靴を放り出しベットに駆け寄ろうとしていた雄太は驚いた。玄関に華が居たからである。冷たいフローリングにぺたりと座り込んで居た。
「ゆうくん!」
眉間にしわを寄せ、心配そうに雄太を見つめる。
「走ってくるのが見えて……追われたの?! 大丈夫?!」
立ったままの雄太のレザージャケットを、がしりとつかむ。必死に見つめる華の心臓の鼓動が聞こえるのではないかというくらい、手は震えていた。
「華!」
その掴んだ手を、雄太の大きい手が包む。
「助かるかもしれない、助かるんだよ!」
雄太の泣きそうになった顔が、嬉しそうな顔が華の黒目に映る。夏の日差しに熱されたレザージャケットのまま、華を抱きしめる。力任せに、細い肩を自分の胸に寄せた。華は驚いたように、体が一瞬がびくりと固まる。
「ゆう、くん?」
「華……」
耳元で鼻をすする雄太の背中に手を回す。
「どうしたの……?」
華に泣き顔を見られないように、華の首に顔を埋めながら涙をぬぐい、腕を解いた。微笑みながら泣いている雄太とは反対に、華は不思議な顔をする。
「今日……」
スーパーで襲われそうになって、と話そうとしたところで、グ、と喉で止めた。前、それで華を不安にさせてしまった二の舞になるところであったと雄太は思い出した。端的に、端的にと思い、スーパーのくだりは端折ることにした。
「……車で、近くまで送ってくれた人がいて」
「うん……」
それで? と華は雄太の体をグイと押し戻し、依然不安な表情で雄太を見つめた。レザージャケットのポケットに手を突っ込むと、小さな紙切れを出した。先ほど、柿原医師にもらったものだ。
くしゃくしゃな紙を、まるで伝説のチケットのように華に見せた。
「今、ゾンビの症状の研究をしているお医者さんで、君の力になるって、言ってくれたんだよ…!」
その紙を握る震える手に、華は手を合わせた。
「ほんと……?」
華は包帯の巻かれた足をさすった。
「治るの……?」
「治るさ!」
言っただろう!日本の医学は凄いんだから、と、また華を抱きしめる。華の細い首に顔を埋め、また一層強く抱きしめた。助かるんだよ……と自分にも言い聞かせるように呟く。華も、雄太の広い背中に手を回し、ぐすぐすと鼻をすする。
「ゆうくん……」
「華……」
玄関で2人、何分抱きしめあっただろう。華の頬を伝った涙が乾いたころ、雄太が口を開いた。
「サバの味噌煮缶とか、拾ってきた」
「……ゆうくん、水煮の方好きなのに?」
「売り切れだった。」
その言葉に、華はフフッと顔を綻ばせた。互いのおでこをコツンとぶつける。
「ゆうくん、ありがとう……」
「ううん、いいんだよ」
2人微笑み合い、静かに唇を重ねた。外を走り回ってきた雄太の唇は乾燥していたが、華はそれも愛おしく感じた。
純粋に笑った華の笑顔が、夏の西日に照らされる。オレンジ色に照らされた華の笑顔が、とても綺麗で、また雄太はジワリと目を潤ませた。
「華……」
荒れている手のひらで、華の頬を撫でる。助かるんだと、笑いながら、2人また目に涙を浮かべるのであった。