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大きな光

 

「そんな訳ないでしょう先生……」


 雄太の防備を冷え性なのかいと言った柿原医師に、運転していた人物は呆れた顔をして言う。


「なに、ギャグじゃないか」


 君もわからん男だと変わらずヒゲを触りながらケタケタと笑う。先ほどまでの緊迫した空気とは打って変わって、発症者もついてこれない車内は安心できる空間であった。


「あ、ありがとうございます。本当に……危ないところでした。」


 缶詰で重くなったリュックを抱きしめ、頭を下げる。柿原医師はその様子をちらりと横目で見た。


「盗みとは感心しないが、こんな状況じゃしょうがなかろうな」


 雄太は、生きるために必死にやったというものの盗んだと改めて言われると、悪いことをしているんだという気持ちが一気に沸き、ギュと強くリュックを抱いた。


「け、警察に……言いますか」


 そういうと柿原医師は、すこし目を丸くした後フォッフォと高らかに笑った。


「こんな状況じゃ警察も機能しとらん。発症者の隔離で手一杯、むしろそのせいで警察が感染して‘‘ああ’’なってる」


 ほれ、と親指を立てて後ろを指す。車の後ろの窓から外を見ると、車の音に反応して続々と発症者たちが追いかけてきている。


「大丈夫なんですか」


 発症者に囲まれたり……と柿原医師に雄太は問いかけた。


「車にはついてこれん。そのうちなにを目指して歩いていたか忘れ、また徘徊しだすだろうよ」


 柿原医師は後ろも見ずに、行く先を見ている。ガタガタと揺れる車内で、雄太は追いかけてくる発症者たちから目が離せなかった。


「どうした。そんなに“アレ”が好きなのかね」

「先生……またそんなことを言って」

「お前も堅いのう」


 そんな掛け合いが行われている車内で、雄太は依然後部座席に腕をかけ後ろを眺めている。


 発症者が来ていても追いつかない。安全な空間と、じいさんと男の掛け合いで雄太はすこし気が緩んでしまったのか、ポロリと言葉をこぼす。


「好きっていうか……好きな人がゾンビになりそうで……」


 そう呟くと、先ほどまでワイワイと掛け合いをしていた柿原医師がギロリと雄太を見た。


「……ほう、‘‘なりそう’’とな?」


 いきなり真面目な顔になった柿原医師に雄太は、ニュースで言っていた『発症者だと言ったら隔離され戻ってこない』ということを思い出し、ハッとした。


「あ! ……あ、いえ、なんでも」


 その表情を読み取ったのか、柿原医師は向きを変え雄太の方向を向く。その姿勢につられて雄太も姿勢を正す。


「なに、その好きな人を連れて行くなんて真似はしない。……なりそうとはどういうことだね。」

「……ええと……」


 下を向き、あまり喋りたがらなそうな雄太に運転していた男が声をかけた。


「……柿原源蔵医師といって、……まだ病名がついていないですが、このゾンビのような症状を研究しているお方ですよ」


 だから、安心なさってくださいと男は言った。その言葉、‘‘医師’’と‘‘研究’’という言葉ですこしの希望が見えた雄太は、少しづつ話し始めた。


 彼女が足をひっかかれ、確実ではないが症状を発症していること。今は、左足裏の痛覚がなくなっている、ということ。それを柿原医師は、先ほどとはまるで違った真面目な顔をして聞き入っていた。


「……なるほど。徐々に進行しているかもしれないという訳か」

「素人考えですが……とりあえず抗生物質とかは、飲ませてはいるんですが」


 あまり変わりがなく……と頭を落とす。


「……君の住んでいるところはどこだね」

「え……ええと、あそこのスーパーの近くの……5階建てのアパートです」


 柿原医師が、男にそこに行けと指示をする。車がいきなりUターンする。歩道など御構い無しに、ガタガタと乗り上げる車は、ガタガタと大きく揺れた。缶詰の入ったリュックを落とすまいと、雄太はしっかりと力を入れた。


「うおっ……」


 大学のサークルで鍛えた体幹でグッと堪える。柿原医師はそれをもろともしない様子で、話し続けた。


「いま私たちが車を無人にし、君の部屋に行く事は難しい。」


 雄太のアパートの前に止め、運転手の男が護衛をし部屋までくるにしても、無人の車を発症者たちに壊されたらそこで終了なのである。


 しかし、足の痛覚がなく咄嗟に逃げることができない人間に階段を降ろさせ、車に来ることを容易ではない。


「また、君のところにこよう。次は部屋は伺えるように護衛を2人ほど連れて。」


 柿原医師はそういうと、胸ポケットから小さな紙切れと高価そうなボールペンを出し、何かを書き始めた。


「連絡先だ」

「は、はあ」

「君の名前は」

「す、鈴木雄太です」


 その小さな紙切れを雄太に渡すと、ちょうどアパート近くであった。運転していた男が少し後ろを振り向き、答える。


「目の前までは、発症者を引き連れてしまうかもしれないのでいけません。ここからはどうかお気をつけて」


「は……はい」


 ありがとうございますとぺこりとお辞儀をし、ドアノブに手をかけると、柿原医師は追って言う。


「ワシは君の力に、なるはずだ。」


 その言葉は、雄太には心強かった。ーー心強すぎた。目を潤ませながら、道路におりまた深く礼をする。道路上に長居できないため、雄太も車もすぐに動き出した。


 依然ガタガタと揺れる車内で、男が柿原医師に問う。


「人助けですか」

「アホウ」


 思わぬ即答に驚いた顔の男であったが、柿原医師は足を組み直して言う。


「……‘‘なりかけ’’なんて、そうそう手に入らん材料だ。もしワクチンができれば、目に見えて成果がわかるだろう。」

「で、でも先生。官邸で、許可が必要と……」


 そういうと、また柿原医師はこの脳筋が!と後部座席にから運転席にある男をチョップした。


「足だけ発症ということは、まだ自我がある」

「はあ……」

「……『発症するかも知らない』、そんな危機的な状況で、医師が『治るかもしれない薬だ』と持ってきた。」


 断る馬鹿がどこにいるかね。


 男は、ちらりとバックミラーで後部座席をみた。柿原医師は人助けとはほぼ遠いような冷たい目で外を見ていた。


「……早く、できるといいですね。薬」

「なら早く研究所につけ。アホウ」


 そういうと男はアクセルをグッと踏み加速する。ガタガタと揺れる車内で、柿原医師は少し、口角を上げたのであった。

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