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希望の出会い

 

 華の足首の包帯は、ガラスのささった足裏まで範囲を広げていた。足の痛覚がなくなったことをまだ受け入れられない様子で、時々ボロボロと涙をこぼす。ベットに寄りかかりながら足を見続ける華は、痛々しく見えた。


「華……おれ、また薬持ってくるから」


 華の手をギュッと握る。雄太はその細さに驚いた。


 もともと細身の華だったが、このパニックが起きてから食べる量が少なくなり握れば折れそうな手をしていた。頬も少しこけているようであった。


「ゆうくん……」


 呆然としていた華は顔を上げ雄太を見ると、またボロボロと涙をこぼす。


「大丈夫、なにか食べ物も持ってくるから」


 弱々しい華を置いていくことはもちろん躊躇ったが、冷蔵庫の中は以前より少なくなっており食料調達しないと一週間も持たない量であった。また、レザージャケットと長靴を履き、そして右手にはフライパンを持った。


「ほら、華、フライパン」


 傘より強いでしょ、と華が少しでも柔らかくなればと話しかけたがその声は届くことはなかった。


「……きをつけてね、ゆうちゃん」

「おう!」


 歯並びのいい歯をニッと出し、ドアを開け外に出る。フウ、と息を吐き気合いを入れる。


 鋭い目がさらに鋭く、キョロキョロと周りをみわましながら瓦礫の中をジャリジャリと歩いていく。前日より発症者は減っているように見えた。


 しかし、前日と同じ顔の発症者は、頬の肉は腐り落ち、前より動きにくそうにボロボロになった足を引きずっていた。この灼熱の下、肉は腐っていたが、まったく腐っていない発症者もいる。ということは、歩き、噛み、きっと発症者を増やしているということであった。生きている人間は冷蔵庫、とはよく言ったものだと雄太は思った。


 室内より声が籠らないせいか、よほどの大声を出さない限り大丈夫である。発症者の行き交う道路を、雄太は忍び足でそろりそろりと抜けた。


 雄太はいつも行っていた、今は荒れているスーパーに入るとリュックを前に持ちジッパーを開ける。入れやすいようにするためだ。何度も行ったこのスーパーの位置は把握しており、日持ちのする缶詰のコーナーに走った。


 しかし、みんな考えることは一緒なのか缶詰の棚はまったくなく、ガラガラだった。辛うじて残っている2、3個をリュックに詰める。いつもはスーパー全体が冷えているせいかひやりとする感覚があるも、今は熱され、じわりと皮膚が熱くなるほどであった。


「味噌より水煮が好きなんだけどなぁ……」


 そんなことをポツンと言いながらまたキョロキョロと食料を探す。急いでいて取れなかったのか、奥にあった缶詰も落ち着いて拾って行く。


 すると、向こうの方に桃の缶詰が落ちていた。


「お、ラッキー」


 小走りで駆け寄り、しゃがんで缶詰に手をかける。


 ボタ


 雄太の手に、茶色の液体が垂れた。雄太は動かずに、まるで油の切れた機械のように顔を上げる。



 磨り減った靴


 汚れたスラックス


 破れたこのスーパーのエプロン。



 窪んだ目から眼球をダラリと垂らした発症者が立っていた。もう眼球がない右目から、雄太の手に垂れた腐った体液がバタバタと、滴っている。


「っひぃぃ!!」


 後ろに仰け反り、尻餅をつく。以前薬局に行った時は店内に発症者がいなかったため雄太は油断していた。


「あ……あ……」


 ガクガクと雄太の怯えた声に店内の発症者は続々と反応し、缶詰のコーナーに集まってくる。雄太はずりずりと尻を擦りながら後退するも、最初に出会った発症者の背後から、腐っていない発症者が前進する。


 雄太は逃げようと足に力を入れるが腰が抜けて立つこともできなかった。


「うそだろうそだろうそだろ」


 声を出せばまた集まってくると分かっていたが、目の前の三体…四体、まだ集まってくる発症者に冷静を保つことなど出来なかった。


 腐りきっている発症者の後ろから、まだ噛まれたばかりに見える発症者が追い越す。その時に肩が当たり、腐った発症者はグシャリと体液とも分からぬ液を撒き散らし転ぶ。しかし声のする方向、雄太の方向に進もうと白い骨が見えているドロドロの腕を前へ前へと突き出していた


 その光景に四つん這いでバタバタと出口は這いずり回るも、発症者とはいえ二足歩行の早さには劣るものがある。護身用にと持ってきたフライパンの事など忘れ、今は手を進めることに頭はいっぱいであった。


「ハアッハアッ」


 ゴム製のぐにゃりと曲がる長靴の感覚が、雄太の足を邪魔する。巻いたマフラーは、酸素を取り込もうとする雄太の肺の邪魔をする。


 見慣れたスーパーであったが、何処がどうなっているのかさえわからなくなるほど、雄太は混乱した。


 外の光が、夏の太陽がギラリと差し込む。


 もう少しで出口だ


 顔からは汗が吹き出る。


 バタバタと汗の垂れたスーパー床と馴染んだ手汗で、無情にも手はずるりと滑った。雄太の体がぐるんと反転し、思い切り床に背中を打つ。


 その時雄太は初めて後ろを見た。


 2メートル先に、発症者が一体、後ろにもう一体、そしてまた後ろに……ぱっとみても七体はいた。その中に、ネギがはみ出ているリュックを背負った発症者もいた。きっと、このスーパーに盗みに入って餌食になった人だろう。



 雄太はその光景を見た時に、手汗も額の汗もスッと引く感覚があった。


 心臓が、ばくり、とひとつ、強く脈を打つ。


 ああもうダメだ


 発症者の手が、ゴムに守られた雄太の足をつかもうとした



 その時、



 後ろから、屈強な男が雄太の手を引いた。




 掴もうとした発症者の手は空をかき、ドシャ、と床を打った。


「えっ」

「しゃべるな」


 雄太はあっけにとられていると、そのまま雑にボックスカーに投げられる。雄太を助けた屈強な男は運転席に座ると、エンジンをふかし走り出した。雄太から見えるのは屈強な男と、白髭の生えたおじいさん。


 ハアッハアッと止まっていた息をまた荒くした。


「あ……ありがとうございます」


 その言葉におじいさんは、白ひげを撫でながら言った。


「こんな真夏にマフラーにレザージャケットなんて、君は冷え性かね」


 雄太と、柿原医師の出会いであった。


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