割れたガラスと割れゆく心
暗い部屋にテレビの光だけが浮いていた。テレビの中は変わらず発症事件当時のVTRを流している。
「変わらないね」
「……そうだねぇ」
その光に照らされる華は嫌に悲しく見えた。同じゾンビものでも、初デートで見た映画の光に照らされた華は可愛らしかった、と雄太は思った。ニュースの音だけが流れるこの空間は、とても重く感じる。
「……録画したお笑い番組でも見ようよ」
「えー、その間に情報出たらどうするの」
一刻も早く情報が出て欲しい気持ちと、そんなに早くでないよ、という気持ちが雄太の中で葛藤したが、まあまあいいじゃない、と適当な返事をする。
雄太は甘えるように華の肩に頭を預ける。なに、と華は言ったが、自分の肩に乗った雄太の頭に、自分の頭を預けた。ちくちくした雄太の髪が華の柔らかな頬を擦る。
「ちくちくするでしょ」
「ふふ」
テレビの中のお笑い芸人は、豪快に泥の中に顔を突っ込み笑いを取っていた。それにつられ、自然と笑顔になる。
この穏やかな時間が続いたらいいのに、と2人は願った。
「麦茶入れてくるね」
グラスを二つ持って華はキッチンに歩いて行く。すると、カシャンと嫌な音がした。
「割った?」
「あ〜、割っちゃった」
暗いキッチンでかちゃかちゃと片付けている音がした。
「危ないから電気つけな」
そういって雄太はパチとスイッチを入れ、キッチンへ行く。
「ありゃ〜」
「踏まないようにね」
大方おおきい破片を片付けると、掃除機で大きな音を出してはいけないと思い粘着テープでコロコロと掃除することにした。
「華、コロコロ持ってきて」
「はーい」
華は破片を気にしながらもリビングへ歩いて行った。
雄太が何気なくフローリングに目をやると、華の歩いたところに点々と血が付いていた。雄太は、うなじに寒気が走る。
「華」
「ん?」
どうしたの?と華は気にしない様子で粘着シートを持って帰ってきた。
「……足」
雄太がそういうと、華は足元を見る。じわり、と足裏から血液がでて溜まっている。
「っ……」
華はどすんと尻餅もついた。雄太が急いで華の足裏を見ると、ぐっつりと大きな破片が刺さっていた。
痛くないわけがない。
ーー普通であれば。
「……くない……」
「……華……?」
がくがくと顎が震え、口に手を当てる。
「どうして痛くないの……!」
録画再生が終わり、自動的にニュースに切り替わった報道では、『ゾンビ症状がでている人たちは痛覚がないとみられ、強い力で噛むとーー』と、無神経に流れていた。キッチンに、届いてしまったその音に、華の瞳孔は開いた。
華の足はガクガクと震える。
「……いや……いや……」
華が震える手で足裏に刺さったガラスを、雑にむしり取る。刺さっていたガラスの破片をフローリングに叩きつけた。血の付いたガラスはまた割れ、フローリングを汚した。ドクドクとでる血が出る痛々しい光景に雄太は顔をしかめる。
「痛いはずなの……痛いはずなのぉ……!!」
「華……!!」
ぼたぼたと涙を流し血に涙を落とす。血だまりに落ちる涙は、一瞬で赤に染まり血と同化した。
「あ……あぁ……!」
「華……落ち着いて華……!」
華の絶叫が部屋にこだまする。雄太の声は、華の叫び声には到底届くことはなかった。
いくら気を引き締めようが、抵抗しようが、無情にも、華の体は徐々に、蝕まれていた。