忍び寄る影
華がベットからムクリと起きると、ソファで寝苦しそうに雄太が寝ていた。華は足首の包帯をさする。
雄太は自分のために危険を顧みて行ってくれたのに、そう冷静に思うと、華は申し訳なさで心臓が痛くなった。謝ろう。華がベットから降り、ソファへ近づく。
狭いソファに縮こまって寝ている雄太は、やはり寝苦しいのか眉間にしわを寄せている。眉間にしわを寄せるのは雄太の癖で、華が「シワになっちゃうよ」というのは常であった。
そのしわを華は指でグイグイと伸ばす。その違和感に、また眉間にしわを寄せながら雄太の目が開いた。
「んー……」
「ゆうくん、昨日は、ごめん」
そう言葉に出すと、昨日の自分の失態が思い出されるようで腫らした目からまた涙をこぼした。胸がキュウと締め付けられる。雄太は、眠い目を擦りながら、華の涙を親指で拭う。
「俺も不安にさせてごめん」
雄太の優しい言葉にまた華は涙をこぼす。
「ちがうの、わたしがわるいの」
「悪くないよ、大丈夫」
雄太はソファから起き上がり、華を優しく抱きしめ背中をポンポンと叩く。いつも通りの仲直りに、華も雄太も気持ちが落ち着いた。雄太のかおりと安心感で、華はスンスンと涙が静まっていった。
「落ち着いた?」
「うん……」
ごめんね、と華が言うとおれも、と雄太も言う。
「喉乾いたね。麦茶のも」
雄太が立ち上がると、華も立ち上がりキッチンについて行く。製氷機をガキ、と歪ませ氷をグラスの中に入れる。麦茶を注ぐと、パキパキと氷がなった。日常的なこの動作は一瞬、この騒動を忘れさせてくれるのであった。それぞれグラスを持ちソファへ戻るとテレビをつける。
『次々とゾンビのような症状の人々が出ているわけですが、自衛隊や警察も症状が出ている人がいるそうです』
『私の家内から聞いた話ですがね、近所の旦那が発症者に噛まれたと病院にかかったら、帰ってこないと。本当かは分からないけどね』
『隔離されているんでしょうか?』
『私たちレポーターもインタビュー活動は安全のために自粛しているのでそういった情報は分かりません…が、政府の対応が待たれる中、皆様の安全をー』
依然なにも様子は変わっていないようだった。
雄太がごくりと麦茶を一口飲む。大きな口で飲んだため氷も口に入ってしまい、ゴリゴリと噛んだ。雄太の後ろには、太陽の光がカーテンの隙間から漏れていた。
その姿を見てこのニュースさえ無ければいつもの日常だと、華は思った。
「包帯取り替えようか」
「……うん」
一瞬、いつも通りの日常になっていた華は我に帰ったように沈んだ顔になり、シュルシュルと包帯を外す。傷はもう膿を出していなかった。
しかし、青あざのようなものが広がり血管が少し浮いていた。
「なにこれ……」
「……鬱血かな」
ほら、包帯ずっと巻いていたから。雄太はそういうと、足首を消毒し始めた。華にはその言葉はが届かず、心臓がばくばくと早く打つ。
「……この傷から、悪いばい菌が入ったのかもしれないから」
今日は錠剤の抗生物質飲もうか、と雄太は言う。
「……悪いばい菌って、ゾンビになる菌?」
ガサガサと錠剤を出していた雄太の手がピタリと止まる。
「そうじゃなくて、鬱血した悪い血が回ると大変でしょ。膿はでてないから、一応体の中から抗生物質をね」
ね? と雄太は優しく言うと、華は我に帰ったように、うん、そうだね、とぎこちない笑顔で笑う。カロン、と氷がぶつかる涼しげな音とは正反対に、重い空気が二人の間を流れたのであった