表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/59

実験体

 

 柿原医師が、総理に呼ばれ部屋をノックする。


「なんです総理、こんな深夜に」


 ジジイはもう寝る時間ですぞとあくびをした。なんとも大きな椅子に総理はどっかりと座り、ギイギイと揺れている。暗い広い部屋に、立派な机と椅子が大きな窓の前に置かれている。その机の前には、絨毯が丸めて置いてある。予備の絨毯か何かかと柿原は顔を上げる。


 まるで漫画のワンシーンのようだった。部屋の電気はついてなく、窓から差し込む外の明かりだけであったが、外の明かりもないため総理の顔は見えない。ただ、机に置かれたコーヒーの湯気だけが天井に立ち上っていた。


 湯気がふわりと上がるが、椅子を動かした時の空気の流れですぐ消えてしまう。ただ薄暗い部屋に椅子の軋む音が響く。そして突然、総理が口を開いた。


「秘書が噛まれた。」


 使え。


 総理は確かに、そう言った。机の前に置いてある、不自然に丸めた……“何か”を包んである絨毯は微かに動いている。


「まさか、この絨毯」

「持っていけ」

「……つかえ……と言いますと?」

「原因を突き止めろ」


 また部屋にギイギイと響く。柿原医師は真剣な眼差しでいう。


「……総理、先ほどの話し合いで言いましたように」

「許可なら生きている時にとった」


 耳をすますと、包んだ絨毯の中からウゥウゥとうめき声がした。一瞬月夜に照らされた総理はいつも通りの顔をしていた。柿原医師は、開いているのか分からない目でしっかりと総理を捉えていた。


「総理、まさか、‘‘噛ませた’’のではありますまいな」


 椅子の軋みがピタリと止まる。総理は口を開かなかった。まるでこの部屋だけ、時間が止まったかのようだった。ザワザワと外の木が揺れている。


「もし噛ませたとして……」


 またギイ、の椅子を回し、柿原医師の真正面を向き、背もたれにしっかりともたれかかる。こめかみを抑え。フン……と鼻を鳴らす。冷たい目線が柿原医師を見る。


「いや……‘‘自分から’’噛まれに行った」


 月の光の逆光で総理の顔は見えない。総理は足を組み直し、肘置きに肘をつき額を抑えた。


「彼は、国民を救うヒーローじゃないかね」


 それだけ言うと、くるりと椅子をまわし柿原医師に背を向ける。


「……総理……」

「私は、彼を尊敬するがね」


 以上だ、と手を振った。総理はコーヒーをすする。


 柿原医師は軽く頭を下げると、部屋から出て行った。部屋を出たそこは、月の光も入らぬ静まり返った長い廊下。長い廊下の、暗闇の向こうから発症者が走ってきそうな、そんな雰囲気もある。


 総理の部屋からは、依然唸り声が聞こえていた。


 その声がするドアを冷たい目で見ながら柿原医師は、あくびをし自室へ戻って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ