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立風堂奇譚  作者: 篠崎砂美
8/12

景之捌 秋の宴

「いきなり呼び出すからなんやと思ったら、力仕事をさせるためだったのかいな」

 ぶつぶつと文句を言いながら、上方が石臼をごりごりと回した。ぐるりと一回転させるたびに、上下の石の隙間から白い粉が零れ落ちてくる。

「いやいや、労働には似合う物は出すつもりなのだから」

 そう言いながら、真新しい蕎麦の実を石臼の穴の中に落としていく。

「そなこと言いますけど、職人の打った蕎麦の方が、わいらの打つ物よりも何倍もうまいと思うんやがなあ」

「それでは、面白味がない。せっかくの新蕎麦だぞ」

 得心のいかない顔の上方をなだめつつ、大きなこね鉢を用意する。

「旦那の傍にあると、こね鉢が大盃に見えてしまってしかたないなあ」

 一矢報いずに手を動かすものかと、上方が言い返した。

「さすがに、この量は飲みきれんかもしれんなあ。なあに、ちゃんと酒も用意してある」

「なら、早く飲みたいものですな」

 石臼を回す手を速めようとする上方を、あわててとめる。そんなことをしてはせっかくのそばが台無しになってしまう。文句を言う上方を何度もなだめつつ、なんとか蕎麦粉が完成した。

 半分の蕎麦粉に少しつなぎ粉を入れて、蕎麦をこね始めた。本当は十割といきたいところだが、さすがに素人では難しい。

「それで、残りはどうするんですかいな」

「半分は蕎麦がきに、残りは蕎麦ステーキにしようと思うんだが」

 蕎麦を苦労してこねながら答える。

「それはまた、相変わらず珍し物が好きなことですなあ」

 言いつつ、興味を引かれた上方が、それまでよりは熱心に手伝い始める。

 大の男二人が粉まみれになって悪戦苦闘する様はちょっと滑稽かもしれなかったが、後に待っているささやかな酒宴を思えばどうということもない。

 やがて、お楽しみの時間となる。

 多少不揃いな太さに切りそろえられた蕎麦は、きりっと水で締められて艶やかに光っていた。

 熱湯で練られた蕎麦がきは、半月形にまとめられ、冷やした名水に浮かべられる。

 蕎麦ステーキは、まさに洋風に焼き上げられていたが、香ばしい蕎麦の香りを盛んに振りまいていた。

「いや、これはうまい」

 遠慮なく箸を進め、杯を干しながら上方が歓声をあげた。

「この香り。これこそ、今の新蕎麦でしか味わえない物だからね。私たちは今、秋を食しているというわけだ」

「食欲の秋そのものですな。まあ、労働の秋でもありましたけど」

「では、私たちの労にねぎらいを」

 酒を蕎麦湯で割ると、秋の香りと共に乾杯を交わした。

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