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立風堂奇譚  作者: 篠崎砂美
6/12

景の陸 星垂るの舞い

 夕涼みと言うには、もはや日が落ちていて、周囲は夜の(とばり)につつまれていた。

 道端の縁台に腰掛けて軽く引っ掛けていると、空には早くも星が金砂銀砂のごとき帯を掛け渡す。

 都会を離れた山は、本当に空が近い。手をのばせば届くというわけではないが、無数の白い花を咲かせた細い枝がしだれてくるかのように、時とともにゆうるりと星の塊が舞い降りてくるような錯覚を覚える。

「あれは、大熊か、それとも小熊か」

 見あげた夜空で、星を目で追って錦絵を描いていると、ふいに星が動いた気がした。

 流れ星かと思っているうちに、真上から舞い降りてきた星が、ふわりと酒の入ったガラス製のぐい飲みの端にとまった。

 落ちてきた星の放つ明かりで、ぐい飲みの中の酒が不思議に輝く緑の色に染まった。

「ホタルか。夏らしい」

 酒の甘い香りに誘われたのか、ぐい飲みに留まったホタルは簡単には逃げようとはしない。多少乱暴にぐい飲みを動かしても、そのまま酒を照らし続けていた。そのおかげで、中の酒は、この世の物とも思えない色に染まり輝いている。

「まるで、ソーマかネクタルのようだな」

 インドやギリシャの神話に出てくる神々の酒の名前を出してみる。日本人であるならば、本来は御神酒とでも言うべきところであろう。だが、お供えにする酒とは少し印象が違う気がした。

 ホタルの光を溶かし込んだ不思議な酒を、その光ごとゆっくりと飲む。先ほどまでとは、まったく別の飲み物のような気がしたが、それこそが、酒が単なる液体ではなく、人が飲む飲み物であることの証しなのだろう。時、人、場所、そのつど、酒とともに味わえる物は変化する。

 ぐい飲みに残った酒を飲み干すのを待っていたかのように、ホタルが飛びたった。

 見れば、他にも幾匹かのホタルが飛んでいる。

「ホタル狩りも、またいいものだな」

 団扇を片手に縁台から立ちあがっると、ホタルたちの後を追うようにして夜の散策を楽しむ。

 明かりが限られた夜の風景は、昼間よりも繊細な音たちが、その存在を顕してくる。

 木々の葉がたてるわずかな葉擦れの音や、どこか遠くを流れる水の音が微かに聞こえる。静けさは、歩くたびにおきる衣擦れの音でさえ、夜の闇の中で奏でられる弦のように耳に届けてくれた。

 進むうちに、本当に微かではあるが、笛や太鼓の音が聞こえてきた。その音に弾かれるように、ホタルたちが飛んでいく。

 彼らを追うように夜の小径を進んでいくと、ふいに明かりがさした。ホタルの物よりも明るい。

「これは、本格的にお祭りでもあるのかな」

 道の左右に現れた祭り提灯を見てつぶやく。

 少し進んだ所で、朱色の大きな鳥居が現れた。

「こんな所に神社があったとは」

 ホタルに誘われるままに歩いていたため、ここがどこかはよく分からない。けれども、囃子の調べは、鳥居に続く長い階段の上から聞こえてきている。

「少し酔いが回ったか。それとも、キツネにつままれたのかもしれないが」

 それはそれでまた一興だと、階段を上り始めた。

 その周りを、多くのホタルたちが付き添うように飛ぶ。そよと団扇の風を送ると、風の流れを描くかのようにホタルが光の筋を宙に引いた。

 階段を上りきると、光に満ちた境内が目の前に現れた。

 たくさんの祭り提灯に飾られた背の高い櫓が境内の中央にある。音楽とともに、人々が盆踊りを踊っていた。その周りで、ホタルたちも舞い踊っている。

「これはいい」

 団扇でそよそよと風を送りつつ、ゆっくりと踊りの輪の方へと進んでいった。

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