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立風堂奇譚  作者: 篠崎砂美
2/12

景之弐 鎮花(はなしずめ)

「花咲きたるや、やすらい花や」

 下の通りから、囃子(はやし)言葉が聞こえてくる。

 二階から酒を片手に見下ろせば、目に入る物は祭りの行列。その中に、花で飾られたひときわ大きく赤い風流花傘がある。

 都の花ももう終わりだ。散る桜とともに疫神(やくがみ)が広がるなどとは、誰が言いだしたものか。散る花が運ぶ物は、風流だけで充分であるものを。

 だが、由来はどうであれ、花の精を(しず)めて厄払いをする祭りは、華やかで目を楽しませてくれる。

「あら、まだこんな所にいなはったの。ささ、早う外へ行きましょ」

 部屋へ入ってきた美人が、呆れ顔を作って腕を引っぱった。

 その強引さは今どきの娘らしさなのだろうが、無下にするのは(おもむき)のないことだ。ただ、今はまだ飲みかけの酒が少しおしい。

 ぶらりと訪れた都で、同じ祭りを見に来た者同士というのも、これも合縁奇縁というものだろうか。いやいや、旅先の出逢いは、妙な理由をこじつけるよりも、偶然という言葉が一番似合うはずだ。

「では、御一緒させてもらうかな」

 残りの酒を一気に飲み干すと、重い腰をあげることにした。

 宿の外に出てみると、もう行列はずいぶんと遠ざかってしまっている。

「や、この殿を、なまや、やすらい花や」

 それでも、響く声のお囃子がよく聞こえ、太鼓や笛の音がそれを引き立てる。風流花傘の後ろに付き従う鬼達の赤い髪が、遠目にも鮮やかだ。

「おいかけなはる?」

 娘が、訊ねる。

 けれども、見物客の人混みをかき分けて走るのは、あまりにもせわしない。その役目は、元気な子供たちのものだと思う。

「私たちは先回りするとしよう」

「そやね。ああ、わし、あぶり餅が食べたいわあ」

「ほう、それはいいな」

 娘の手を取ると、行列が戻ってくるまでの楽しみと、あぶり餅を屋台から買う。縫うようにして串の先端に刺した香ばしい餅は、白味噌の味が絶品だ。先ほどの酒を持ってこなかったことが実に悔やまれる。

「酒飲みやさんやなあ」

「酒は百薬の長と言うからねえ。鬼たちに勝るには、必要なんだよ」

 そうこうするうちに、行列が戻ってきた。境内で、鬼たちの舞いが始まる。

「そや、肝心の花傘にまだ入っておらへんや」

 またもや、娘に腕を引っぱられる。なんともはや、実にめまぐるしい。

 まだ踊りも終わってはいないというのに、せわしないことだ。のんびりとしたくとも、どうにも調子を狂わせられる。

 とはいえ、旅というものは日常から離れた世界を垣間見ることでもある。たまには、こういう騒がしさがあってもいいかのかもしれない。まして、今日は祭りだ。元気な娘に振り回されるのも、また一興なのだろう。

 境内には、赤い布の下げられたいくつかの風流花傘が立ててあった。

 人々は、その傘の下に入って厄払いをして無病息災を祈るわけだ。

「いややわ、相合い傘や」

 一緒に風流花傘の下に入った娘が、はんなりと頬を染める。

 少しだけおとなしくなった娘を見て、はたして、花傘には恋の熱病を癒す力もあるのだろうかと考え、思わず苦笑した。

 それとも、この娘自体が、いたずらな子鬼なのだろうか。

 現代の花に乗って飛んでくるのは、昔のような疫神ではないのかもしれない。

 花傘の下に舞い飛んできた花びらを手に取って、ふとそんなことを思う。

「いま争わで、寝なまし殿を、いま想い出て、あなしたら恋し」


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