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立風堂奇譚  作者: 篠崎砂美
11/12

景之拾壱 文字の力

「正月そうそう呼び出すから何ごとかと思えば、書き初めとはまた古風なことですな。いや、子供みたいだというべきかいな」

 畳の上で格好を崩して座った上方が、やれやれといった顔で言い返した。

 こちらはといえば、座布団の上で正座をし、小卓の上で一心に墨をすっている。

「書き初めは、りっぱに大人の所作だと思うのだが。君も一つ一年の計としてどうかな」

「まあ、それは旦那が何かを書いた後にしまっさ。時間はたっぷりありそうだから、それまでは一杯やらせてもらうとしましょう」

 勝手知ったる他人の我が家とばかりに、上方が酒を探しだしておせちをつまみに一杯やりだす。

「それにしても、先ほどから墨をすってばかりじゃないですか」

 ずっと姿勢を崩さずに墨をすっているので、いつ文字を書き始めるのかと上方に訊ねられた。

「もう書き始めているのだが。気づかなかったのかい」

「それはそれは」

 わざとらしく、上方が感心して見せた。

「墨をするところから、書き初めは始まっているのだよ。なにしろ、最高級品の油煙墨だからね。おろそかにはできないさ」

 硯は亀の象眼がみごとな赤間硯で、墨の方は金文字と鶴の象眼が施された鈴鹿墨だ。

「なんとなくもったいないと感じるのはわいだけですかねえ」

 手酌で酒を注ぎたしながら、上方が数の子をぽりぽりと噛み砕いた。

「言霊を綴るのだから、まずはこうして墨に魂を込めなくてはね。どれ、もうそろそろいい頃合いかな」

 墨の濃さが満足できる物になったので、ようやく筆をその手に取った。

 筆の穂先が墨の中に浸される。

「さて、筆が墨を吸い上げているのだろうか。はたまた、墨が筆に染み渡っていくのか」

「邪念が多いとちゃいますか?」

 こちらの呟きに、上方が茶々を入れる。

「まあ、今捨て去るから待っていてくれたまえ」

 そう言うと、半紙の上に筆をすべらせていった。

 さらさらと、一文字が半紙へと書き移されていく。

「まあ、旦那らしいというか。今年の抱負なのか、邪念をそこに移して捨て去ったのか、よくわかりませんな」

「どちらにとってもらっても、それはそれで面白いさ」

 手に持った半紙には、きっちり『酒』と書いておいた。

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