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立風堂奇譚  作者: 篠崎砂美
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景之拾 松明の灯り

 時が満ちていく。

 深夜の闇の中に、微かな明かりが灯った。

 ささやかな光はみるみる間に暖かい火影となり、やがて荒々しい炎へと成長していった。

 何十人もの男たちが支える巨大な松明に炎が灯る。

 夜の大気に火の粉を散らしながら、大松明がお囃子にのせて運ばれていく。

「これは、地上に降りてきた花火だねえ」

 紙コップに入った甘酒を軽く掲げて、夜に輝く炎を見つめる。

 花火といっても、吹き出し花火のような荒々しさはない。空に花開いた花火から降ってくる火花のような、力強くも儚い感じがする。

 時間とともに大松明も少しずつ燃えて短くなっていくわけだが、そうそう簡単に燃え尽きてしまうわけではなかった。

「今年も、まだまだあるということかな。いやいや、行く年にはそれだけの出来事があったということか。刹那の酔狂も、刹那なりに心に刻まれているわけだし。もっとも、自分の場合はほろ酔いの記憶ばかりだった気もするが……。まあいいさ」

 それもまたいいことだと、舌の上で甘酒の生姜の香りをコロコロと転がしてみた。

 除夜の鐘が聞こえる。

 若い衆のかけ声とともに、大松明がどんど火の中へと倒される。祭りのクライマックスだ。

 今年もまた楽しめた。楽しきは記憶にとどめ、それ以外のことはここで火にくべて燃やしてしまおう。また来年も、数え切れないほどの楽しみを享受する予定なのだ。いつまでも古い物のすべてを持ち続けられるほどポケットは大きくない。

 懐かしむは昨日、楽しむは現在、わくわくするは明日だ。

 さて、それでは、その明日はどうしたものか。

「これを」

 和服姿の娘が、そう言って松明を手渡してくれた。

 片手持ちサイズの松明は、火の粉をはぜて明るく燃えている。空になった紙コップをあわてて袂にしまい込むと、右手でしっかりと松明を持ち直した。

「これは……」

 何かと聞き返そうとしたが、すでに娘の姿はない。おそらく、捜しても詮ないのであろう。

 同じような松明を持った人々が、同じ方向へと移動していく。

 響き渡る除夜の鐘の音に、さりげにうながされた。

 祭りはまだ続いているのだ。人々に混じって、充分に祭りを楽しもうではないか。

 人々と一緒に、歩き出す。楽しげに左右にゆられる松明の列が、光の川にも似て美しい。

 やがて、大きな篝火に辿り着くと、その中へ松明を投げ入れる。

 そして、年が明けた。

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