1-8
こんばんはおはようございます。
デスゲームに閉じ込められたあの日、すでに翳りはあった。
そうノーシャは語る。まだ数日しかたっていないはずなのに、ずいぶん昔の話をするような口ぶりだった。それだけ多くのことが起きたのだろう。
「クエスが私たちを転送した後、多くのプレイヤーは今いる国のメインタウンに戻ってきました。私の場合は水の国のクラーですね。だいたい予想がつくでしょうが、みんな泣いたり怒ったりと大騒ぎでした」
クエスが俺らのために用意した真白の大部屋での騒ぎを思い出す。あれがメインタウンに場所を移したからといってすぐに治まるとは確かに思えなかった。
「まぁどんな様子だったかの詳細は話す必要がないので割愛します。問題はその後です。長く続いた騒ぎが落ち着き、多くのプレイヤーたちは自分たちの施設に閉じこもりました。一部蛮勇にすぎるプレイヤーは外に出て行ったようですが、初めての命がかかった戦闘に臨むことによる緊張が原因でしょう。多くが死亡しました」
「ん? 待ってくれ、なんでそれを知っている。まるで見たかのような口ぶりじゃないか」「それは私が撃ち殺したからですよ」
「はい?」
「冗談ですけど」
「…………」
どうやらこいつにはジョークのセンスは全くと言っていいほどないようだ。今後を共にする相棒の情報として覚えておくようにする。
「すいません、思わず必要ないことを。話を戻します。ロストは知らないと思いますが、プレイヤーが死亡すると、その時の映像が各都市に設置された掲示板で閲覧することができるようになります」
「それは……クエスの時と同じような感じ? それと映像はずっと見ることはできたりするのか?」
「そうですね。あの日に見せられたものと同じものです。死ぬ瞬間だけを繰り返す内容でした。全くもって何のために公開しているのか理解に悩みます。一日経過すると自動消去されます。ロストのPK時の動画もすでに消去済みのはずです」
「…………もう消えたとしても、一日は残ったのか」
それはきっと、よくないことだ。
デスゲームになった日に体験したあの嫌な感覚がよみがえってくる。違っていてほしいことが正しいと、目の前で証明されてしまうあの感覚。
これ以上聞きたくなかった。だがそれは無理な望みだった。これからを生きるために聞かなければならない情報だった。
「これだけでだいたい事態を把握できたような口ぶりですね。いやあるいは聞く前から分かっていたのですか。素晴らしい頭の回転率です。あなたと組むことは間違えでないようだ。最も、元をたどれば……。失礼、これはぶしつけな言いかたすぎましたね」
「御託はいいから。つまり。つまりさ」
声が震えるのを抑えられない。
「こういいたいんだろ。俺の動画が原因で、プレイヤーたちによるPKKが行われているって」
「……まぁ言葉を濁さずにお伝えするのであれば、まさにその通りです。ロスト、あなたがPKを行っている動画をみた一般のプレイヤーは自衛のため、危険分子を取り除くために行動し始めました」
思わず、うめく。
自衛のため?
危険分子を取り除く?
ふざけるな。
そんなのただの――。
「ただの、殺人だろ。それ」
「おっしゃる通りです。ですが、この隔離された空間においてはそれを罰する法規範も、それを防ぐ実力組織も存在しません。一応このゲームの設定として、そのような存在はありますが私たちプレイヤーをコントロールするには力不足だというのが実情です」
どうやら俺は自分が死にかかってもなお楽観的な馬鹿だったようだ。
確かに俺は今この時も、PKKに追いかけられ、殺されそうになっている。だがそれは殺してしまった被害者と親しかった奴らが仇討ちをしようとしているだけだと、つまりは個人的な問題だと思っていた。だがそれは勝手な思い込みだったようだ。
大多数のプレイヤーたちは自分の身を守るために本気で俺たちPKerを殺しに来ているらしい。
今までの考えを改めて、気を引き締める。
死力を尽くさなければ死ぬ。
一刻の猶予もない状況だった。
なるほど、これは確かに狂乱の世界と形容するのがふさわしい。
容易に想像がつく。
友人なり、知り合いがキャラロストして泣いたり、怒ったりしている間はよかっただろう。だがその気持ちはずっと続くかない、次第に落ち着いていく。そして代わりに胸を占めるのは不安だ。あるいは死が身近にあることへの恐怖。
そんな奴らが俺の動画を見たらどう思う?
赤文字のプレイヤーを見かけたらなんて思う?
危害は加えない? そんな凶器を目の前に突きつけながら?
どうせ殺すつもりなんだろう?
俺らのことを殺したくて仕方がないんだろ?
怖い。
恐い。
死にたくない、殺されたくない。
……だから殺す。
殺人者にやられる前に、やり返す。
自分たちは悪くない。
自分たちの身を守るためなのだから。
こんなことを思ってしまっても仕方がない。
災害に人のパニックはつきものだ。
いつだって人は間違えを犯す。
誰もが冷静でいれるほど、強く正しい心を持っているわけではない。
PKを恐れる大衆の気持ちは理解できなくもない。
できなくはない、が。
「だからって普通殺すかよ……」
それをきっかけにそんなおぞましい凶行に手をだすほどとは思わなかった。
人間は理性的動物である。
そういったのはどの時代の頭でっかちだったか。
この地獄をそいつに見せてやりたかった。
人間がいかに感情に左右され溺れる生き物かということを伝えてやりたい。
「………………」
一人ごちる俺をノーシャは口を開くことなく静かに眺めている。何も言わないでくれているのは彼女なりの慰めなのだろうか。
何だっていい。この沈黙に今は甘えることにした。
彼女の言う通りだった。確かにこの話は俺にとって少し、いやかなり刺激が強かった。
頭を冷やすためには時間が必要だった。
読んでいただきありがとうございました。