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凄腕Player Killerは、死亡遊戯の地にて罪を重ねる  作者: 不来 末才
「◾️◾️の◾️◾️」
5/14

1-4

こんばんはおはようございます。


 ゲームからのログアウト不可。

 現実の死とのリンク。

 こういった発想自体は、実際に没入型VRゲームが市場に出回るようになる前から存在していた。

 ソフトなSF小説として、それらが題材になっているものは幅広く読まれていた。またそういった事態が起きるのではと懸念した人々も数多くいたし、実際にVRゲームが販売された当初は大きな問題として議論されていたような気がする。一部の団体は販売中止を訴えていたところさえあった

 そんなことがあったにもかかわらず、今では普通にVRゲームの売り買いがされている。それはゲーム業界側の絶えまぬ努力と、現実のつまらない事情があったからだ。

 VR技術が市販に出る前に各企業は合同かつ独立した審査委員会を設立し、新作のVRゲームをリリースするときには必ずチェックをするようにした。それが通らなければ、勿論販売は実現しない。そしてその時の基準がとてつもなく厳しい。その目をかいくぐり、デスゲームをはじめとした悪質なゲームを作ることは不可能でしかない。

 だが仮に監査がなかったとしても、人体に危険の及ぶゲームが販売されることはないといわれていた。理由は単純。金にならないからだ。これが現実のつまらない事情ってやつ。

 VRゲームが原因の不祥事が働いたらどうなるか。簡単だ。販売することができなくなる。マスコミで散々にたたかれる。ネットを通じたネガティブキャンペーンが展開される。それはゲーム会社にとっての終わり、もっと言えば開発に関わった人たちは二度と世間に顔出しできないだろう。そこまで、自分や家族の人生をどぶに捨ててまで他人を苦しめたい人がいるだろうか。


 ゲームに人を閉じ込めたい、殺したいと思う狂人など存在しない。だから小説は現実にならない。

 空想は空想のまま。

 現実は現実のまま。

 そしてゲームは、ゲームのまま。

 そう誰もが思っていた。


 だから誰も真剣に考えたことはないだろう。

 ゲームからログアウトすることができず、ゲームの死が現実になると。

 ましてやそんな状況で自分が殺人者(PKer)になるなど。





 喧騒の中に混じり、誰かの泣き声が聞こえる。女性プレイヤーが泣いていた。彼女の前に小さなモニターが浮いている。いやよく見ると、モニターは他のプレイヤーの前にも表示されていた。勿論俺の前にもそれはあった。動転していたから、気が付いていなかっただけのようだ。

 映されていたのは、プレイヤーの死亡ログだった

 あるものはモンスターに、あるものはフィールドトラップによって死んでいった。あっけなくHPを散らしていく。

 ここまでの流れでこの動画がなにかわからないやつはいない。デスゲームになり、ここへの転送前にゲームオーバー()を迎えたプレイヤー達の最後の記録だ。みんな簡単に死んでいく。彼らは苦しまずに死ねたのだろうか。それを確認する術はもうない。

そうして事務的に映される多くの死をただぼんやりと、本当にただぼんやりと眺めていた。事態を理解できていても、受け入れらなかった。

だがそれもある場面になるまでだ。その見慣れた光景を目にしたとたん、頭に氷を突っ込まれたかのようにクリアになる。


 雨降りしきる森の中で、二人のプレイヤーが戦っていた。

 軽戦士風の青年が、瞬時に距離を詰め黄色のレインコートを羽織った男の懐に飛び込もうとする。勝利の確信を得ているのだろう、青年は笑みを浮かべる。

 一見、男の不利。だが残念ながら青年に勝ち目はない。対峙する男の天高くかかげられた両手には、武骨な大剣が収まっている。男は青年が切りつけるより早く、大剣を彼に向って――。


 思わず目を閉じる。しかし、無駄な努力だ。俺はこの後の結末を知っているのだから。浮かんでくるのは大剣が哀れな獲物(青年)を切り裂いていく場面。

 強制的に登録されたあの二つ名のフレーバーテキスト、そしてこの動画の存在。

 もはや言い逃れはできない。

 自分はデスゲームだということを知らないうちに、人を殺めて(PKして)しまったのだ。


「はは、嘘だろこれ」


 悪い夢の中にいるみたいだった。地面から数センチ浮かんでいる気分。

 俺はただゲームをしていただけなのに、いつもみたいに遊んでいただけなのに。

 まさかこんな、こんなことになるなんて――――。



「許さねぇからな! この人殺しが!」



 身体が硬直する。ジトっとした汗が流れる。のどがカラカラに乾いていく。

 その声の行先はクエスであって、俺ではない。

 分かっている。わかっているとも。俺のことがまだバレていないことぐらい、考えればわかるとも。

 だがそれでも身体の震えは止まることはなかった。

 理性ではそうだと理解しても、感情は納得してくれない。

 怖い。

 怖い怖い怖い怖い。

 思わず目を伏せる。

 周囲の目線が怖い。

 俺の顔を見られたら、誰かに気が付かれてしまうのではないか。

 一度取りついた妄念は、振り払うことができない。

 俺はその後、転送によって元の場所に戻されるまで二度と顔をあげることができなかった。





「転送終了。酔いに注意してください」


 情報を伝えたからもう用はない、そうと言いたいかのように、クエスはプレイヤー達を元の場所に送り返した。あまりにも冷たい対応だったが、今は感謝しかない。一刻もあの空間から逃げ出したかった。

 静かな雨音が響く。先ほどまでいた場所でレインコートは脱いでいたので、雨が俺のことを濡らしていく。

身体が冷えていく。そんなことはどうでもいい。その場にうずくまる。それどころじゃなかった。

 人を殺してしまった。

 形容することのできない感情が身を襲う。


「うぐっ」


 思わず吐き気がこみあげてくる。吐くことで気持ちを楽にできたらどれほどよかったか。だがゲームの世界でそれは叶うことはない。


「なんで。ゲームだろこれ。ゲームだったじゃないか。嘘だろ。俺は人殺しなんて――違う。違う違う違う。俺はしてない。俺はそんなことしてない。嘘だ。こんなん嘘だ」


 ゲームだからなんだってもいいじゃないか。

 そう思っていた。だからPKもしていた。

 誰もこれが現実になるなんて思っていなかった。

 だったら俺は何も悪くは――。



 独白は茂みの音にさえぎられることになった。


「ひっ」


 急いで、身構える。

 杞憂だったようだ。茂みから出てきたのは鹿型のノンアクティブモンスターだった。

 つぶらな瞳はただじっと俺を見つめていた。


「…………。どこかに行こう」


 突然の出来事に驚かされたはしたものの、おかげで冷静になることができた。この場を立ち去ることを決意する。そしてそのまま鹿が出てきたほうに向かって、つまりは道なき道を歩み始める。

 今頃プレイヤーが集うような町や施設は、大きな混乱が起きているだろう。そこに俺が行くべきではない。認めたくはないが……過失であれ殺人者(PK)なのだ。今他のプレイヤーの前に姿を現したところで望ましい結果になるとは思えない。だから当分は人目のつかないような場所に身を潜め、ほとぼりが冷めてから接触を試みたほうがいいだろう。とりあえずどこか生活できそうな洞窟を探そう。そんなサバイバルまがいの行為はどう考えても、大変だろうが背に腹は代えられない。

 木々の合間を縫うように移動しつつ、雨を防ぐためレインコートを――――。


「黄色で目立つから羽織るのはやめたほうがいいか」


 装備することはせずに、進んでいく。

 雨は俺を罰するかのように容赦なく、身体を濡らしていく。





 この時の俺は、ショックのあまり一つのことを失念していた。

 仇討ち弾。

 殺してしまったプレイヤーが置き土産で残していったもの。

 それによって一部のプレイヤーに俺の居場所がずっとバレていること。

 俺はそのことを忘れていた。

 そして最高に不運だったのは、彼らが復讐するために立ち上がったということだ。

 数日後いきなり襲われてから今に至るまで、俺は死神(PKKer)に追い掛け回されることになる。


読んでいただきありがとうございます。

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