1-11
こんばんはおはようございます。
「So goodな遭遇ですね」
「……本当にそう思って言ってんのか?」
あとお前ほんとは美少女の皮被ったおっさんじゃないだろうな。ネカマか?
思わず聞きそうになるが、我慢する。さすがに失礼な気がする。
もっともNOではシステム的に性別を偽ることはできないようになっているので、わざわざ聞く必要がないからというのもある。
いやでも、ソウグットと遭遇を掛けるのは無理がないか?
「そんなわけないじゃないですか。冗談ですよ。今の状況はむしろチョベリバって感じです」
「お前やっぱおっさんだろ。何十年前の言葉だと思ってんだ。それ」
「……」
「すまん、つい。言い過ぎた」
唐突に銃口向けるのやめてくれ。普通に心臓に悪い。
「まぁいいです。そんなふざけあっているような場合でもないですし」
「まぁ……そうだよな」
武器を構えるのは果たしてふざけあうの範疇なのか?
グッと飲み込む。また銃口を向けられたくはないし、事実そんなことをしている場合ではないのだ。
気持ちを切り替えて、草木に隠れつつ先の景色を窺う。
数十メートル先に森を切り開くかのように道が走っている。デスゲームになってからずっと森暮らしだったからか、久々にならされている地面を見た気がする。
まぁそんな俺の気持ちはともかくとして、今気にするべきことはその道に四人の人間がいるということだ。しかもそのうちの二人は地面に倒れている。
どう考えてもトラブルが起きているとしか思えない状況だった。
ノーシャと組んでから五日目にして、ついにPKKどもは追うことを諦めたらしい。日が昇ってから何度も魔眼で探してもらっても、ついぞ姿を見かけることはなかった。
こうして晴れて追手の手を振り切ることができた俺たちは今後の方針を纏めた後、行動を開始したのだがその矢先にこれだ。俺は声を抑えながらノーシャと話し合う。
「なぁあれどういう状況だと思う?」
「さぁ」
「さぁってお前なぁ」
「そんなの考える必要ないですよ。誰であろうと私たちレッドネームと仲良くしてくれるはずないんですから、相手の素性なんて関係ないですよ」
「それはそうだけどさ」
それでも普通少しは考えたりしないか?
そう口にはしなかったが、態度で分かったらしい。ノーシャは渋々といった風に、道にいる彼らを見た。そしてその後、珍しく奇妙な表情を浮かべた。右顔が羽毛に覆われているのも相まってB級ホラー映画のいで立ちだ。
「笑えますね」
「なんで」
傍から見ると全くそうとは思えないが、どうやらノーシャなりに笑っていたらしい。
彼女の顔の作りについて思うところは沢山あるが、それは一度棚に上げておく。今はなんで笑ったのかを知ることのほうが大切だ。
俺が先を促すと、彼女は彼らのうち倒れていない二人を指さすと驚くべきことを告げた。
「だってあの人たち、同業者ですよ」
「!? 会ったことでもあるのか?」
「いやないですね。現に彼らの名前も二つ名も見えてませんし」
「ならテキトーなことを」
「でも」
俺の言葉を断ち切りながら、ノーシャがこちらに目線を合わせる。
彼女の右の魔眼は妖しく煌々と輝いていた。
「あの顔はPKをしている人にしかできませんよ」
その声には確信が含まれていた。俺はその勢いに押され反論することができない。
こうなったら自分で確認して判断するしかない、潜みながら二人の表情を見る。
そして納得する、いやしてしまった。
ノーシャの言っていたことは間違えではなかったことを。
翳りのある興奮した表情。
決して大型のモンスターを討伐したわけでもなく、前人未到のダンジョンを制覇したわけでも、神器ともいえるような武器を生産したわけでもない。そのような偉業を成し遂げた時には決してすることのない、ほの暗い笑み。
確かにそれはPKするときに浮かべる表情だった。
「ね。私の言ったとおりでしょう。まぁなんだってもいいです。それよりもロスト、今までの採取で手に入れたアイテムを確認させてもらいますね」
まるで何ともないかのようにノーシャが話しかけてくるが、それに構っている余裕はなかった。彼女は分かっているのだろうか。あの表情を浮かべているということは、つまりこれから行われるのは――。
「ぐっ……これはどういうことだ」
苦しそうな声。
どうやら俺たちがやり取りしているうちに向こうで動きがあったようだ
俺は息を潜めながらその動向を見守る。
どうやら声の主は倒れているうちの一人のようだ。プレイヤーであることはその整った装備を見ればわかる。いまだに立ち上がらない、というより指さえ動かせていないことから何らかの状態異常にかかっていることは明らかだ。今も声を絞り出すのがやっとといった様子だった。
「どうってなぁ」
「まだわからねぇのか」
倒れているプレイヤーを見下ろしていた二人の男――PKerたち――は、嘲笑を含む口調でそういうと顔を見合わせながらゲラゲラと笑った。
「お前たち、何者だ」
そんな様子を見てよからぬ気配を感じたのだろう。未だに起き上がることができない男は、そう問いかける。心なしかその声は震えていた。恐らく見当はついてしまっているのだろう。だがそれを受け入れることができない。思い違いであってくれという期待。そんな心情がありありと伝わってきた。
「決まってんだろ。PKだよ。PK」
現実は非情である。予想は的中していた。男の顔が絶望に染まる。PKerたちはその様を見て、再び笑う。
「待て! なんでPKなんかする!? もうゲームじゃないんだぞ! 人殺しになるんだぞ!!」
男の精いっぱいの説得、絶叫ともいえるその言葉で胸が痛む。しかし俺と同じ立場であるはずの彼らには届かなかったようだ。まるで聞く気がないかのように、へらへらと笑い続ける。
「なにがおかしい!? お前ら――」
「うるせぇんだよ」
男の声が唐突に途切れる。PKerの一人が無防備な腹に鋭いけりをかましたからだ。鈍い音。それに続いてわずかに聞こえるうめき声。いくらゲームで痛覚が軽減されていたとしても、急所への攻撃はこたえるのだろう。
「あのなおっさん、そんなの知ってんだよ」
「なっ!」
「でもよ。それの何が問題なんだ?」
「だから――」
「あー、鬱陶しいからしゃべんな。俺らの質問にだけ答えてくれ」
再び話始めようとする男の目の前で、PKerがナイフを取り出し無理やり黙らせる。遠目から見ても大した武器ではないのは明らかだが、身体を動かすことのできない人間を害するのには十分だろう。真っ青な顔をしながら男は口をつぐむ。
静かになったのを満足げに見つつ、PKerは改めて質問する。
「で、何が問題なんだ?」
「おっさん頭悪そうだから、もっと簡単に聞いてやるよ。なんで人を殺すのがいけないんだ。手短に答えてくれよ」
「…………法律で禁じられているからだ」
「はっ! 法律。法律ねぇ」
回答――模範的といっていいほどのそれ――を聞いたPKerどもは、しみじみと呟く。そこには侮蔑の念が込められていた。
「じゃあ聞きたいんだけどさ、いま法律なんてあんのか?」
「あるに決まってるだろ! 現実に戻れば――」
「いつもどれんだよ。それ」
「……それは…………」
勢いのあった男の口調が弱くなる。わかるわけがないのだ、ゲームから解放される日なんてのは。PKerたちは畳みかけるように話を続ける。
「戻れるなら、そりゃあ法律があるだろうよ。ここがどれだけ現実のようだといっても、しょせんはゲームなんだからな」
「でも、俺たちは戻れなくなった」
「そう、もう俺たちは一生このままなんだ。このクソみたいな世界で死ぬんだ。だったらもう法律なんて関係ねぇじゃん」
「………………」
男は何も言い返さなかった。いや、言い返せないといったほうが正しいかもしれない。
PKerたちの言っていることのすべてが正しいというわけではない。実際、反論しようと思えばできる箇所はいくつもある。だがそれを身体が動かせず、この後殺されるかもしれない。そんな状況下で指摘するのは難しそうに思えた。
「まぁいいや」
「さっさといつものやろうや」
黙りこくる男を見て、PKerたちは興味がそがれたようだ。
「おい、いつまで横たわってるつもりだ」
「お前の出番だぞ。さっさと働けよ。カスが」
そして急に声を投げかける。それは今まで話していた男にでも、ましてや存在がバレていない俺たちにでもない。動くことのできない男とともに倒れていた女性に対してだ。これまでのやりとりの中で一度も存在感を示すことなく倒れていた彼女は、ビクッと身体を震わせるとふらりふらりと立ち上がった。
読んでいただきありがとうございました。
もしよろしければブックマークお願いいたします。




