はじまり
光の一つも通らない深い森
真っ黒なこの森はずっと昔に、影の森といわれていたそうです。
もうその名はとっくに忘れ去られ、今はもう子供に語るおとぎ話の中の一つと数えられているのですが、確かにまだ、この世界のどこかにまだ息づいているのです。
昔からずっと変わらない、光を通さぬ暗い森
この森の今を知るのは、おしゃべりでとても長生きな森の木々たちと、臆病な渡り鳥と、少し前にここに生まれたわたしだけです。
わたしは精霊と呼ばれるものだそうで、この森で生まれた精霊はわたしだけだそうです。
精霊は豊かな自然と、純度の高い魔力漲る場所でしか生まれない存在で、わたしのようなものが生まれる事は森の木々たちにとってとてもめでたい事のようです。
おかげさまで、わたしは今まで森の皆からとても愛され、気にかけられてきました。
『しなだれ』はいつもわたしのお話を楽しそうに聞いてくれたり、『こぶもち』なんかはわたしのためにはちみつをたっぷり取ってきてくれたりします。
中でもわたしは、『こしまがり』のことがとっても大好きです。
森の木々たちはみんなわたしの家族のようなものですけど、彼は特別でとりわけわたしを大切にしてくれます。
こしまがりは森で一番大きくて、森で一番長生きで、森で一番優しいのです。
今日わたしは『ほらあき』の苔を落としてやったあと、いつもの通りこしまかまりの元に帰る途中でした。
昨日の雨で濡れた土を避けて、根っこの上を滑らないように飛び移りながら進みます。
最近は雨が少なくて、やっと降った雨に森の光るキノコたちは大喜びで飛び跳ねていましたが、泥に塗れた今はすっかり熱も冷めたようで、早く乾かないかと薄ぼんやりとした光を放ちながら憂鬱そうにしています。
しばらくするとぽつぽつと光が射し込んできました。この辺りは木々たちの間隔がばらけてきて、だいぶ空が見えます。なんとなくここにいる木々たちはあまり話しかけてほしくないようで、わたしも彼らとはあまり話しません。いつも挨拶くらいはするのですが、どうにも会話が弾まないのです。このままではあまり良くないと思っているのですが……
こしまがりはこの先の、周りが開けた日の光がさんさんと当たる場所にぽつりと立っています。
ここでは珍しく光が沢山当たるので、それもこしまがりの好きなところだと言えます。
そんなことを考えていると、すぐにつきました
「おや、いつもより少し早いねぇ。何か楽しいことでもあったのかね?」
「ううん、ただほらあきがわたしを急かすから。知ってる?ほらあきって洞に物を沢山隠してるの。見られたくないなら最初から入れなければいいのに 」
「白いの、隠す暇もないくらい手際が良かったんだろう?今度わたしも頼むよ」
「はぁい。それより、朝に言ってた事を聞かせて?」
「ああ、いいとも……」
あぁ、忘れてました!わたしは皆から白いのって呼ばれています。
この服とかは気づいたときから身につけていたものですが、それがわたしの髪の色とかとお揃いのの真っ白で、多分そのおかげで皆はわたしをしろいのと呼んでいるのだと思います。
「それでねぇ、今日はしろいのが生まれて一年目だろう?」
こしまがりがそう穏やかな声で言います。
そうです、今日はわたしがここで目覚めてから一年目なのです。
私はそのときも、ちょうどこの辺りで生まれたのです。そして、一番最初に出会ったのがこのこしまがりでした。
「ええ、そうよ。でもわたしだけいいの?他のひとたちも祝ってあげないと 」
「いいんだよ。私たちはすっかり自分の年月なんてどうでも良くなってしまったのだよ。
それに、一番の新入りが一番祝われるべきだとも!」
こしまがりがそう元気よくいうと、森のあちこちから祝いの言葉が聞こえてきます。
数日前からこしまがりの機嫌は大変よかったのですが、今日はとびきり良いように見えます
今なら、あの事を聞いても答えてくれるかもしれません。
「あのね、わたし前から聞きたいことがあって……」
「なんだね?なんでも聞くといい。わたしが話せることならなんでも!」
「ええ、あのね。わたしの前にも昔誰かいたんでしょう?今日ほらあきに聞いたの。
たまに皆私を見ると、どこか寂しそうにするでしょう?それが何だか気になって…… 」
森の皆がどんどん静かになっていくのを感じました。それはこしまがりも含めて、です。
わたしはなんだか、とっても良くないことをしてしまったのでしょうか。