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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十三節 スタディオンの風景
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1-13-9.クロスラディアのファンの店







 事務所の裏口を通り、街へ出る。


 アリアに案内された店は、スタディオンから程近い、裏路地に入り込んだ小さな居酒屋。大通りからは距離があり、店の前は狭苦しい小さな道しかないのだが、その道を一面通行止めにでもするように、木箱を並べただけの粗雑な宴席を広げている。そしてそのほぼ全ての席が、既に酔っ払った白いユニフォーム姿の客で埋め尽くされていた。


「あ、姫さん来やがった。遅いじゃねぇかよ」


「ごめんごめん。城のメイドを撒こうとして遠回りしたもんでね」


「なんだそりゃ。姫さん、あの美人のメイドさん泣かせてこっち来てんのかよ」


「そりゃいかん。試合は仕方ないが、終わった後はさっさと帰らなけりゃ。こんなとこで油売ってる場合じゃないぞ」


「うっさいわねー。誘っといて追い返すつもり? 勘弁してよー」


 先程の大柄男性を中心にして酒のグラスをいくつも並べている集団に、アリアは早速溶け込んでいた。少しばかり心配したように、やはり空けてあった椅子は一つだけ。自分たちはアリアの言葉に甘えてきてしまっただけだし、やはり歓迎はされないよなぁ、と考えていたところ。集団の中の一人の女性が、ティリルたちに気付いてくれた。


「で、姫さん。こちらの可愛い子たちはどうしたの?」


「ああ、私の友だち。香茶髪の子と前に公務で仲良くなったんだけど、彼女が友達と一緒に観戦に来ててね。今日が初めての応援席だったっていうんで、じゃあこの最高の勝ち試合を日が沈むまで楽しんでもらわなきゃって思って、ここに誘ったのよ」


 おおっと集団がどよめいた。集団どころか、彼らとは別のグループだったらしい他の酔客たちも、どうしたどうしたと視線を集中させてくる。


 そんな雰囲気に意外にも慣れているらしいダインと、まんざらでもなさそうににまにましているリーラ。どぎまぎしているのは自分だけのようだ。


 しかしどうでもいいけれど、アリアは二人の出会いを、あのけたたましい足音を公務と言い張るのか。


「なるほどな。そりゃ楽しんで行ってもらわなきゃな。おい、椅子出してこい」


「あいさー」


 誰かが指示を出し、誰かが従う。見た限り、店の人ではない。最早彼らが自由に椅子まで奥から出しているらしい。


「ほらほら、座った座った。今酒も持って来るから、ちょっと待ってな」


「あ、や、私たちお酒は――」


「その子たち未成年だからお酒はだめよ。ティリルもリーラさんだっけ、も、好きなジュースとかお茶とか適当に注文して」


 アリアが元々空いていた席に座りながら、周囲の人に伝えてくれた。ありがたいが、アリアと席が離れてしまうのは少し心細い。ティリルは横目にダインを見、目線で助けを求めようとしたが、ダインはまるで気付こうとせず、素早いことに別の酔客と今日の試合について話し始めていた。


「ええー、ダインさん……」


「頼れない先輩ですねえ」


 溜息交じりにリーラも呟いた。「いつもはそんなことないんですよ」世話になっている分をフォローする。フォルスタとの間に入ったり、自分が落ちているときにもよく気を回したりしてくれる。頼れる先輩なのだが、今日のダインはまるで別人。内心では「本当ですよね」とリーラの言葉に賛同していた。


「ほらいつまで立ってるの。飲みたいものは決まった?」


 声をかけてくれるのは妙齢の女性。周囲と同じ、白いユニフォームとフェイスペインティングに身を包んでいるためか少々若く見えるが、実際のところティリルより二十は年嵩のようだった。


「あ、ありがとうございます。じゃあ私は冷たいお水を――」


「水って何だい、景気悪いね。どうせ姫さんのおごりだろ、炭酸砂糖水(シーデリャ)くらい言いなって」


「え、や、あの……」


「おごりなんだー。じゃあ私、クランベリージュース飲みたいです」


「あいよー、シーデリャにクランベリーね。ちょっと待ってな。ええと、姫さんはどうすんのさ」


 女性が顔を上げ、声を少し大きくした。


「あ、私はいつもの。ジンとライムのカクテルよろしく!」


「あ? あんたも未成年だろ?」


「やん。心は大人、花も恥じらう十八歳なのん」


 ったく。どうしようもない不良姫だね。ぶつぶつと零しながら、女性は店の奥へ向かっていった。一見して客だと思っていた彼女が、注文を取りまとめるのを見、ティリルは首を傾げる。隣のリーラと、なんで彼女がと話していると、リーラの向こう側にいた若い男性が、「だって彼女はこの店の店主だもの」と教えてくれた。


「あの格好で店主さんなんですか? お酒も飲まれてませんでしたっけ?」


「はは、そのために持ったお店らしいからねぇ。試合の後にファンが集まって、自分も一緒に騒げるような店」


 男性はそう笑って、手許のグラスを一口呷った。「君たちは、クロスラディアの試合は初めて見たのかな?」そして、今度はティリルたちに質問を向けた。


「あ、はい。私、春先まではユリっていう田舎町に住んでいまして。クロスボールっていうものを実際に見たのも初めてでした」


「へぇ、そいつは運がいい。人生最初に観戦した試合が、今日みたいな最高の相手からの快勝試合だなんてね。興奮したろ」


「はい! 応援席の雰囲気がすごくて、本当にわくわくしました」


「はは。そっちの子は? 君も初めてなのかい?」


「あ、え、えへへ。正直なことを言うと、私は地元のトランサードのファンなんです。で、でも、サリアダービーは初めて見ましたけど、やっぱり盛り上がりますね。こういう宿命のライバルがいるチームっていいなぁって思いました」


「なるほどね、トランサードの。どうだい、今日の試合で、こっちに乗り換える気になっちゃったんじゃないのかい?」


「あはははは、考えておきます」


 にやにやと笑ってごまかすリーラ。そういえば、彼女は地元のチームを応援していると言っていた。この場に率先してやってくるなんて、よく考えたらなかなかの心臓だな。祝勝会の初心者ながらにも、ティリルはリーラの横顔を見、苦笑した。




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