1-13-8.アリアとともに、祝勝会へ
「姫さーん、じゃあ、俺らこの後いつもの店に行くけど、姫さんも来るかーい?」
少し上の段から、先程までアリアと談笑していた男たちが大きな声をかけてくる。おー、いくいくー。席取っといてー。負けず大声で答え、ぶんぶんと手を振るアリア。
「お友達ですか?」
今度はティリルの方が聞くと、アリアが少し困ったような顔をして、小首を傾げた。
「うーん、あたしはそう思ってるんだけどねぇ。一国のお姫様相手にそんなの恐れ多いって、みんな何かしら思うとこはあるみたいよ。別に気にすんなっつってんのに」
「へぇ、連中も気を遣うことあるんだ。珍しい」
ダインがひうと口笛を吹いた。ダインも知ってる人たちなのか、と考えて、同じチームのファンだから知っているのだろうかと考え付いた。
「あいつら結構強引なんだよ。いつも応援席のど真ん中に陣取ってるのはいいんだけどさ。初めて見に来た人なんかをふっと見かけると、ずけずけ話しかけてきて自分たちの方に引き摺り込んじゃう。もっと静かに見たかったのにって文句を言う人も少なくないんだよ」
「強引さはダイン先輩と同じくらいなんですね」呟く。悪意は込めた。言われて当然でしょう、くらいの軽い気持ちで。
「え、僕、そんな強引だった? あれ? ティリルに楽しんでもらえればって思ったんだけど、あれ?」
「あ、や、でも、楽しかったですよ。結果的には」
そして、フォローするように付け足した。
「結果的に、ね。経過を察するに、あなたも結構強引な誘い方をしたみたいね」
そして、アリアが笑顔でフォローを打ち消した。
「まあそんなことはどうでもいいとして。ええと、ティリルとゆかいな仲間たち」さらにアリアが、そんな風にティリルたちを呼んだ。「この後みんなで祝勝会って名の宴会なわけなんだけども、みんなも行く?」
「祝勝会、ですか……」
ぼんやりと、鸚鵡返しにする。ファンたちが集まって、酒を片手に今日の勝利を喜び合うということなのだろうが、どんな雰囲気なのかまるで想像がつかない。先程までの応援席の熱狂を思えば、楽しそうだと興味はあるが、自ら是非にと答えるには敷居が高い。
ダインの方をぼんやりと眺め、彼は行くのだろうかとその言葉を待つ。
「あ、私は失礼します。絵の作業に戻りたいし、お酒の雰囲気も苦手だし」
先にヴァニラが辞退した。そうか、本当は時間があれば絵を進めたかったんだ。ティリルは少しだけ、誘ったことに罪悪感を覚えた。
「と言いますか、お姫様って、もうお酒召されるお年でしたっけ」
「? んにゃ。飲まなくたって宴会にいてもいいっしょ? 楽しく過ごせれば」
「それはそうですね。ティリルもリーラ嬢も未成年のはずなので、一応の確認でした」
「それにまあ、飲んですぐさま毒になるってもんでもないし」
「…………」
複雑なアリアの物言いに、ヴァニラも、ティリルも口許を歪ませて無言を返す。
黒であることはほぼほぼ確定していたが、それ以上突っ込んだ話をヴァニラはしなかった。ティリルもしない。ただ、自分も飲まされる雰囲気があるなら、行くのはやめておこうか、と尻込んだ。
「僕は――、どうしようかな。特に予定はないんですけど……、ティリルはどうするの?」
ダインには、逆に聞かれた。いやいや、そこは無理矢理誘った先輩として、最後までリードしてくださいよ。内心で頬を膨らませる。しかしそんな本音を表には出せず、ええと、私はそのぉ……、と返答を濁していると。
「行きましょうよ、先輩!」決断力はリーラが持っていた。「さっきまでの応援も楽しかったし、もっとみんなで盛り上がりたいです! まだまだ時間は大丈夫ですし、先輩も、予定とかないなら、ぜひ行きましょ!」
「え、あ、ううん、どうしようかな……」
もう少しだけ、悩む様子。リーラが行くというのなら、自分も一緒に行ってあげた方がよい。それくらいには考えていたので、ちらりともう一度ダインの方を見、
「ダインさんは、やっぱり行かないんです?」聞いてみた。
「そうだなあ。二人が行くっていうなら、行こうかな」
あくまで選択はティリルたちに委ねるらしい。無責任と思わないでもないけれど、そういえばあまり我を出さずに人の後を黙ってついていく様子は、いつもの彼でもあった。試合そのものに向ける情熱こそが、むしろ彼の意外性だった。
「じゃあ、行きましょうか。もしお邪魔でなければ」
「ああ、突然行くから席はないかもだけど、立ち食いでもよければ。まあこんなかわいい女の子たちが新しく応援団に入るって言えば、あいつらも席譲るだろうし」
「いやいや、そんなの悪いですよ」
ぶんぶんと首を振るがアリアは軽く哄笑を上げ。
「いいじゃんそんなの気にしなくても。やつらも仲間が増えるのは嬉しいんだし、席譲るくらい喜んでするよ。さ、行くんなら行きましょ。早く行かないと酒なくなっちゃう」
「えぇ……、飲まないって……」
にまにまと悪戯っぽい笑みを浮かべるアリアに、ティリルは溜息を落とす。ヴァニラも、珍しくリーラまで呆れ顔だ。さすが姫様は今シーズンもいつも通りですね、と歯を見せて笑うのはダイン一人。あ、いつも通りなんだ。ティリルは苦笑いしながら、心の真ん中より少し左斜め下あたりの場所で納得した。
「じゃあ、私はこれで。ティリル、ベルトゥード先輩と一緒なら大丈夫とは思うけど、くれぐれも飲み過ぎないようにね」
そう言い残して、ヴァニラがスタディオンを離れた。飲みません!と声を荒げながら見送る。
残る四人は、では移動しようか、とそれぞれの荷物――と言ってもダインの旗くらいだが――、をまとめて移動を開始する。
「あ、やば」
出口辺りで、アリアが腰を落とし、何やらから身を隠す。何かあったのかと声をかけると。
「しーっ。城の連中が私を探して出口張ってるのよ。ちょっと裏口開けてもらおうと思うから、ついてきて」
勢いに押されて一行、踵を返した。他の三人で腰を屈めるアリアを隠すように、そしてスタディオンの管理事務所へ向かう。
「アリア姫、ひょっとしていつも試合の時って、お城を抜け出していらしてたんですか?」
ダインが聞いた。
「や、やーね。いつもってわけじゃないのよ。今日はたまたま! ほら、開幕戦でしかもダービーなんて大事な試合じゃない! だってのにエルサの奴……っ、あ、私付きのメイドなんだけどね。あいつが、よりによってこの時間ピンポイントで経済学の授業なんか入れてきたわけさ。そりゃ、抜け出すよねって話」
「あー、なるほど。それは抜け出しますねえ」
「でしょお?」
意気投合するダインとアリア。
いいのかなぁ、とティリルはリーラと目を合わせた。




