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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十三節 スタディオンの風景
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1-13-7.応援席の王女







 対戦カードは、サリア・クロスラディア対ユニア・デ・サリウム。同じサリアの街をホームシティに据える、ソルザランド、クロスボールリーグの強豪同士の対戦。


「この二チームは、とても仲が悪いの。同じ街にチームは一つでいい!って。だからベルトゥードさんは『負けたら――』って言われてさっきあんなに怒ってたのよね。私も今日の対戦相手見てなかったから、迂闊だったわ」


 ダインがしてくれた今日の試合の説明に、ヴァニラが補足した。そういえば、フォルスタがサリアにもう一つチームがある、と口を挟みかけた時、ダインは信じられないくらい冷たい顔で言葉を遮っていたな、とティリルは思い出した。


 ダインの様子からも、周囲の人たちの様子からもわかる、そんな特別な試合。結局、クロスラディアは15対11のスコアで勝利した。試合終了の瞬間、一際大きな歓声が、スタディオンを支配した。


 グラウンドの半分を取り囲む白い観客席がうねりながら勝鬨を上げ、もう半分の赤い席がしんと静まり返った。


 凄まじい光景だった。悠に千人、二千人。それだけの人間が、同じものを見、歓声と嘆息とを吐き出す。田舎町のユリから大都市サリアの魔法大学院に入学してきたティリルが、これまであらゆるものに感動と困惑を覚えてきたけれど、これはまたそのどれとも違う壮観だった。


 両の拳を振り上げ、あらん限りの歓喜の声を、天に向かって吠え上げるダイン。彼を見て、また喜び合うヴァニラとリーラを見て、自分も彼らと手を合わせよう、そう考えた瞬間。目の端にとても派手な人物の姿を捉えた。思わず見てしまう。


「え、あ、あれ……」


「ティリルーッ! 勝ったよ大勝利! いやもうサイコーっ」


 確かめようと目を凝らしたティリルの視界は、ダインの顔に隠されてしまった。おざなりに、「はい、勝ちましたね!」と答えて、すっと体の軸を横にずらす。


 ダインの後方、すぐ近くの席に、彼女はいた。白いユニフォームに黒いハーフパンツ。バンダナにリストバンドといかにもな応援ルックで、観客席の椅子の隙間に木箱を置いて、その上に立つ金髪の少女。


「ア、アリアさん――っ?」


 息を飲むティリルに、ダインやヴァニラの視線も集まった。


「やあー、気持ちいい勝利だったね」


「姫さんが応援に来てくれりゃ、うちは必ず勝つからな! 選手たちの気合いの入り方が違うんじゃないか」


「違ぇねえ。アリア姫が俺達ロクデナシに混じって声荒げて応援してくれるとなりゃ、無様な試合なんかするわけにいかねえもんな」


「ほんとね! 自分でも言っちゃうけど、私ここ数年負け試合見てない気がするわ。私がいないときはあんたら声出してないんじゃないの?」


「ぶわはは、言われちまった。なら今後は姫さんにも全部の試合に来てもらわにゃ」


 周囲にいる人たちと、屈託なくにこやかに会話をしているアリア。


 王城で最初に会ったときもかなりのお転婆ぶりに驚かされたが、今日はまた一段。顔と名前を知らなければ、とても彼女が一国の王女殿下とはわからない。三つ離れた席に座っているロングヘアの女性と見比べても、どちらが町民か首を傾げるほどだ。


「うわ、王女さんだ。ホントに庶民的だねぇ」


「お噂は伺ってましたけど、本当なんですね。よく街の人たちに混じって遊んでいらっしゃるって」


 ヴァニラが、リーラが、まるで雨上がりの虹でも見つけたかのような穏やかな様子で呟いた。驚くほどのことではないのかと、ティリルは絶句した。ましてやダインなどは、


「何度かお見かけしてるよ。殿下はXRの大ファンでいて下さってるからね。有難いことこの上ない」


 ふふ、ユニアなんか殿下の眼中にないからね――。黒い呟きを付け足しつつ、笑うのだった。


 なんだかいいな。ティリルは胸の内がこそばゆくなった。王家の人たちが、こうして街の人たちと肩を並べて笑い合える。それが、何を意味するのか、どこにどんな影響を及ぼし、どんな問題を孕んでいるのか。難しいことはわからなかった。ただ、気持ちが暖かく、嬉しくなった。


 ぼんやりとアリアのことを見守っていると、向こうがティリルの存在に気付いてくれた。


「え、あれっ? ひょっとしてティリル? わ! 久しぶりじゃない! 元気してた?」


 木箱から飛び降り、木の板を渡しただけのボロボロの観客席ベンチを飛び越え。軽やかに、アリアがティリルの元に駆け寄ってくる。アリアを取り囲んでいた他の人たちをどかし、ダインやヴァニラやリーラ達も掻き分け、するりとティリルの前に入り込んでくる。まるで猫のようなしなやかな身のこなし。


「ティリルもXRのファンなんだ! ここで会えるなんて、なんか嬉しいわ!」


「え、あ、や、あの、ファンってほどでは……」


 アリアの勢いに気圧され、もごもごと口籠る。相変わらず、この王女様はティリルを解しながら強張らせてくれる。不思議な勢いの持ち主だ。


「え、ファンじゃないの? でもここで試合見て、みんなと一緒に盛り上がったんでしょ」


「あ、ええ、はい。それは。その、今日はこのダインさんに連れてきてもらったので、クロスボールを見るのは今日が初めてで――」


「へー、初めてなんだ。でも、それでこんなにいい試合見て盛り上がっちゃったら、もうファンになるっきゃないでしょ!」


 押しが強い。だが悪い気はしない。


 まだ、サリアに来た初日に数分、そして今ほんの二言三言。言葉と笑顔を交わしただけの関係だったが、ティリルはこの王女様が、どれほど街の人たちに愛されているのかが、もうすっかりわかってしまったような気になった。


「え、嘘。ティリルって、アリア王女とお知り合いなの?」


 ヴァニラが両手を口許に添え、両の瞳を夜の猫のようにまん丸にした。リーラもぽかんと口を開け、ダインはひゅうと一つ口笛を吹いて訳知り顔をする。


「あ、その、お城でご挨拶したんです。入学の手続きをするときに、国王様にお会いする機会があって――」


「あ、なに。みんなティリルのお友達?」


 アリアが目線を、他の三人に向ける。


 そうか、みんなのことを紹介しなければいけないのは自分か。全員のことを知っているのが自分だけだということに気付き、まごまごしながらも皆の名前を読み上げた。アリアはふんふんとそのいちいちに相槌を打っていたが、ふとダインの顔を見て、「ああ、あんたは見たことあるわね。熱狂的なファンでしょ」と指さした。


「覚えて頂けているとは光栄です。熱狂的、と言いますか、まぁこのサリアで行われる試合には必ず応援に参る程度のファンですが」


「うん、熱狂的以外の言葉を探すのに苦労するね」


 にんまりとアリアが頷いた。背後でヴァニラとリーラが「中毒とかかな」「熱狂を超えて狂気、とか」と好き勝手なことを言っている。フォルスタに似て地獄耳のダインが聞き逃しているはずがない。さぞ含蓄のある表情を浮かべていることだろう、と思ったら意外や。ティリルにそう見えただけかもしれないが、彼はずいぶん嬉しそうな表情をしていた。




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