1-13-6.スタディオンにはチームカラーの服を着て
闇曜日は快晴だった。
すっきりと晴れた青空。汗ばむほどの夏の陽気。海からの風がさやかに吹き抜け、清々しくもやや蒸し暑い。
「いやぁ、絶好の観戦日和だねぇ!」
先導するダイン。白地に紅い縦ラインの入った、不思議なデザインの服を着て、長い棒を肩に担いで、上機嫌で歩いて行く、
それぞれユニフォームと応援用の木の柄の旗。ファン必携のグッズだよ!と、待ち合わせの場所で開口一番、聞いてもいないのに説明された。本当に、今日のダインは雰囲気がいつもと違う。
「……変わった、先輩ね」
白いシャツに黒地のホットパンツ。制服が基本の校内ではまず見たことのない、スポーティーな雰囲気のヴァニラ。遠慮がちにぽつりと呟くその感想に、様々な感情が織り交ぜられていることに、当然ティリルは気付いている。
並ぶティリルは、制服のブラウスに、私服の黒のスカート。ダインから「動きやすい恰好で。なるべく白い色で」と指定され、考えた末に昔から履き慣れているこのスカートが一番楽かなと結論した。
そして今一人。
「ティリル先輩から誘って頂けるなんて、私ホントに幸せです! 今日はすごい楽しみにしてきちゃいました!」
ピンク色のフリルのワンピースをヒラヒラと棚引かせ、リーラがはしゃぎ声を上げている。ティリルとヴァニラのすぐ前を、くるくると回りながら進んでいく。危ないよ、と言うのだが、まるで聞こうとはしない。実際、白い服でという今日の話もまるで聞いてはいなかったらしい服装だ。
「……後輩も、変わってるわね」
ヴァニラがぽつりと呟く。何も答えることができなかった。
教室。他の誰もティリルに話しかけてこなくなった中で、リーラだけはいっそ鬱陶しくなるほどに、ティリルの姿を探しに来てくれた。まるで邪気のない少女の笑顔に、初めのうちこそティリルも警戒していたが、何度か顔を合わせるうちに少しずつ気持ちが解れてくるのを感じた。
ヴァニラとリーラも初対面ではなかったが、あまりゆっくりと二人が顔を合わせるタイミングはなかった。先日昼休み、ヴァニラと一緒にいたときにリーラがやってきたのが三度目くらいの顔合わせだったか。今日のことを誘って、時間と場所を確認して、くらいのやり取りしかしなかった。
「ね、ティリル先輩! 今日はいっぱい楽しみましょうね!」
振り向いて、ぐっとティリルの右腕にしがみついてくる。照れるティリルを横目に、初デートか、と溜息をつくヴァニラ。苦笑しか返せない。
「二人は、クロスボールって詳しいんですか?」
右腕でリーラを引きずりながら、ティリルは二人に聞いてみた。
「そんなでもないけど……、見たことくらいはあるよ。大学院にも部があるし」
「私は、地元では結構見てました。地元のチームが好きで、今でもそこがこの街で試合をするときは見に行ってますよ」
ヴァニラと、リーラがそれぞれ答える。地元のチーム? リーラの話に、軽く首を傾げた。
「私の出身は西のトランスなんですけど、向こうにもチームがあるんです。トランサードっていう。そのチームが好きなので、よく応援に行ってました。なかなか優勝とかまではできませんでしたけど、ひとつ勝っただけでもとみんなで盛り上がって、夜まで大騒ぎするんです。それが楽しくて」
そうなんですか、なんだか楽しそう。不用意に零した相槌は、てっきりずっと前を歩いているんだと思っていたダインに聞かれていたらしい。気が付くと前方三メトリ程の距離にまで近付き、後ろ向きに歩いて顔をこちらに向けていた。俯き加減のティリルの顔を下からそっと覗きこみ、「楽しいよぉ」呟いた。
「ティリルが興味持ってくれたみたいでホントに良かった。これから勝って、みんなで明日まで盛り上がろうね! 楽しみにしてて!」ぐっと拳を握って笑顔を作ってくれるダイン。その横から、ヴァニラが首を傾げながら訊ねた。
「負けたらどうするんです?」
他意のないただの疑問だったろう。少なくともティリルにはそう聞こえた。
ダインはただ、表情を凍りつかせ、壊れたおもちゃのようにゆっくりと首を動かしながら、ヴァニラの顔を見た。
「負けないよ。今日は絶対勝つんだから」
その瞳には、冗談や軽口の入り込む隙は映っていなかった。
背筋をまっすぐ伸ばしながら、ヴァニラが震えた声で、ごめんなさい、と謝る。にこっと笑ってうんとひと頷き。「さあ、そんなことを言ってる間に早く行かないと、いい席が埋まっちゃうからね! 急ごう!」いつもの笑顔に戻って、再び三人を先導し始めた。
相変わらず、今までに見たことのないダインの表情が繰り広げられているな、と、ティリルは溜息をつく。興味深くはあったが、やり辛さも感じた。
気が付くと、道の舗装が少しずつ荒くなり、足元がでこぼこになってきた。伴い、人の姿が少しずつ多くなってくる。皆、一様に同じ格好。それはダインと同じ、白いユニフォームを着て長い旗の棒を肩に担ぐ、出で立ち。この人たちがみんな、同じ場所を目的地にしているのか、と不思議な気分になった。周囲の人たちが皆、ダインと同じ表情をしているように見えてきた。違う気持ちでいる自分たちの方が異質なのだろうか。少しだけ、不安を感じた。
ワアアアアアァァァァァァァッ!
凄まじい歓声が、スタディオンを包んだ。白い服を着た老若男女様々な人たちが、一堂に拳を振り上げ声を上げて喜びを表す。
ルールなどわからなかった。ただ、雰囲気に酔わされた。
ボールが相手のゴールに突き刺さった瞬間が、歓声のタイミングだとわかり。そこから先はただ、ティリルも歓声を上げるためにその瞬間を待ち侘びた。
また一つ、得点が生まれた。
ウオオオオオォォォォォッ!
地響きのような歓びが轟き、いくつもの拳が天に突き上げられた。
気が付くとヴァニラも、リーラも夢中になっている。先程まで大して会話も交わしていなかった二人が、今は抱き合って喜んでいる。ダインなどは全く知らない隣の席の男性と、両手を合わせて咆哮を上げている。
自分でも信じられないことに、ティリルもまた、その興奮の波にしっかりと乗っていた。ダインと拳を合わせ、ヴァニラと飛び跳ね、リーラと抱き合い。そして、後ろの席の見ず知らずの女性と手の平を重ねてはしゃいでしまう。
「すごいすごい! この雰囲気、夢中になっちゃいます」
「ね。いいでしょこの感じ。サイコーだよね」
ダインが笑う。
視線はしっかりと、選手たちが戦うグラウンドを見守りながら。
目が離せない。その気持ちもとてもよくわかって、自分が染まっているのを実感する。
誘いに乗ってよかった。こんなに楽しいなんて思わなかった。
終わったらダインにお礼を言おう。誘ってくれてありがとうと。そう心に決めながら、ティリルは次の得点をまた心待ちに、見知らぬ選手たちの雄姿に目を向けた。




