1-13-5.クロスボールの試合
「ベルトゥードは熱狂的なサリア・クロスラディアのファンでな。リーグ戦が開幕になるこの時期、毎年浮足立つんだよ」
「はあ……」
また新しい、よくわからない単語が出てきた。困ったものだと首を左右に振るフォルスタに、しかし話の見えなさはいっそう加速していく。
困惑にフォルスタの顔を見、ダインの顔を見と挙動を小刻みに浮つかせていると、ようやくダインが一から説明を始めてくれた。
「クロスボールっていうのは発祥がソルザランドって言われていて、長年この国で広く支持されているスポーツなんだ。あちこちの街にクラブチームもある。サリアの街のチームが、今先生が言っていたサリア・クロスラディアっていうところでね。僕は昔からそのチームを応援してるんだ」
「ちなみに、サリアのチームはもう一つあるが……」
余計なことは言わないでください。口を挟もうとしたフォルスタの言葉を、ダインが冷たい笑顔で制止した。ダインにしては珍しい。少なくともティリルは初めて見る、感情を剥き出しにした制止だった。
対するフォルスタも、また奇妙な態度。そんなダインの怒気に触れたにもかかわらず、こちらもこちらで今まで見せたことがない、人をからかうようなにやにや顔。一体何がどうなっているのか、言葉の裏がまるで探れない。
「ともかく、だよ。ソルザランド中のクラブチームでリーグ戦を行って、一番強いチームを決めるX・リーグっていうのがあるんだけど、これが毎年七月に開幕する。で、我らがサリアXRも今年は去年のチャンピオンとして出場する。僕は当然その試合を応援しに行くわけだけど、ティリルも一緒に来てくれないかな、と思って誘ってみたわけ。どうかな? 予定、空いてない?」
熱っぽく説明をしてくれたダイン。結局最後まで聞いても、ティリルにはダインの熱の入れようについてはよく理解できなかった。ただ、話だけ受け止める。要は、そのよく知らないスポーツの試合を近くやるので、一緒に来てほしい、というそれだけの話だ。
「えっと、お誘いは嬉しいのですが……」
誰が聞いても断るつもりに充ち溢れていると感じる、そんな言い回しで発言を始めた。実際断るつもりだった。思った以上にダインは執拗で、そんなティリルの修辞技法にはまるでへこたれない。
「ティリル、クロスボールを全然知らないんでしょ? まずは一回見て見てよ。絶対夢中になるって」
「あ、いや、でも……。やっぱり今は少しでも魔法の勉強をしたくて――」
「ほんの一日くらい大丈夫だよ。ねえ、先生もそう思うでしょ?」
「あ? 私に話を振るのか?」
どうにか断ろうと言い訳を考えるティリルと、それを全く許そうとしないダインの攻防。ダインにそんなしつこいところがあったのかと驚かされる程。新鮮で、それ自体嫌な感じがするわけではなかったが、正直迷惑ではある。
巻き込まれそうになるフォルスタも、自らの手許の本に視線を落とし、我関せずを決め込んでいる。援護しろと目を輝かせるダインも、助けてくれと目を潤ませるティリルのことも、まるで知らん顔だ。
「ね! 開幕の一試合だけでいいからさ。一度だけ! 来てみてって」
「ええ……」
何と言おうと、聞き分けるつもりは最初からないらしい。とうとうティリルは断る名分を全く見つけられなくなり、観念せざるを得なくなった。
「じゃ、じゃあ……」
上目遣いに呟くと、まだその先を何も言っていないうちから、ダインがキラキラと目を輝かせた。
「えっと、ヴァニラさ……、友人も誘っていいですか? 私ひとりだと、ちょっと不安で……」
両手の指を両手でいじりながら、小さい声でもそもそと言う。嫌そうに反応をするか、別に構わないと淡々と答えられるか、どちらかだと思ったが、ダインの表情はそのどちらでもなかった。
満面の笑み。
「ほんとっ? もちろん! 大歓迎だよ! 友達一人と言わず、十人でも二十人でも、ばんばん誘ってよ!」
あまりの勢いに、さらに姿勢を一歩引いてしまいそうになる。もう、このダインには逆らえないなと観念し、重い気を引きずりながらもティリルは次の休みの予定を約束してしまったのだった。
何をそこまで喜ぶのか、立ち上がり、座ったままのティリルの両手を握りながら、絶対だよ! 楽しみだなあと口の端に漏らす。そしてお茶のお代わりを淹れてくるね、と甲斐甲斐しくティリルとフォルスタのティーカップを下げる頃には、鼻歌さえ混じるようになったのだった。
「……ダイン先輩にあんな一面があったなんて知りませんでした」
奥の準備室に下がっていった後ろ姿を見送りながら、ティリルはぼんやり呟いた。
「私もよくは知らんが、クロスボールのファンにはああいう熱狂的な手合いは多いようだ。気を付けろ。スタディオンの応援席では、下手にチームのことを悪く言うと袋叩きにあうからな」
「……先生、逃げましたよね」
「さあ、なんのことかな」
珍しく、白々と惚けるフォルスタ。上目遣いに睨みつけ、口を尖らせて抗議する。
「先生もいらっしゃいますか?」
「幸運なことに、私はその日は学会でな。行きたくても行かれんのだよ」
「幸運に、と仰いました?」
「口を滑らせただけだ。気にするな」
変わらず、顔を伏せ手許の書物に目を落としたままのフォルスタ。無愛想なフォルスタともこんな軽口を叩けるくらいには距離が縮められたし、こんなときには視線こそ落としていても、書物の内容などほとんど頭に入っていないこともお見通しだ。無駄話は好きではないフォルスタだが、研究を真摯に進める者には緩んだ顔も見せるらしい。
むしろダインとはまだまだ距離感があったことに、改めて驚かされたなぁ。まぁ、先輩の知らない一面を見ることができたので、今回はそれで良しとしようかな。溜息をひとつこぼし、ティリルは腹を括った。




