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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第十二節 謀略
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1-12-1.闇曜日の予定







 一週間があっという間に過ぎて、闇曜日が訪れた。


 アルセステ達と昼食を共にしたあの日から、一週間。そして、エレシア満腹堂で働かせてもらい、倒れ込んでしまったあの日から数えても、ちょうど一週間だ。


 今日も同様に、エレシア堂へ行こう。タニア達に頭を下げて、先週は迷惑をかけたと謝意を伝えよう。一番高いものを頼んでお店に貢献しよう、という考えが礼儀に適っているかはわからないが、今後もあのお店に通えるように、ちゃんと自分の気持ちは伝えておきたい。


 そんな思いを胸に起きた朝。闇曜だというのに、ミスティが先に起きていた。作り置きのパンと一切れのハムという、簡単なメニューだったが朝ご飯まで準備してくれていた。


「ど、どうしたの、ミスティ」


 思わず聞いてしまった。失礼な、私だってご飯くらい準備できるのよ? そう胸を張るミスティに戸惑い、ティリルはつい視線を壁のカレンダーに向けた。闇曜には食事当番を設けていないが、昨日も明日もミスティの番なのだ。


「たまにはいいじゃない。お休みに二人で朝食ってのも、さ。実はさ、ちょっとお願いがあってね」


 食卓の椅子にティリルを座らせ、自分も座るミスティ。えへへと舌を出しながら、悪びれずそんなことをいう親友に、ティリルは一種安心を覚え、「やっぱりか」と溜息をついた。               


 何かあるなら、そんな面倒なことしないで普通に頼めばいいのに。そう、眉を顰めるティリルだったが、別段それを口には出さない。ミスティも頼み事のたびに朝食を作ってくれるわけでもないし、たまたま今日はそういう気分だった、というのもあるのだろう。ティリルもそれ以上は聞き出さず、いただきます、と手を合わせた。


「それで? 頼みってなあに?」


「あ、うん。えっとね」


 食べようとしたパンをわざわざ皿に置き、口に物を入れる前に返事をくれた。本当に珍しい。いつもなら、ティリルとの会話であればものを口に入れていても気にせず話すのに。


「ちょっと今日、買い物に付き合ってほしいんだ。これからいよいよ暑くなるのに向けて、夏物の服を少し買っておきたくて」


「え……、今日? これから……?」


「うん。その、私って友達少ないのよん。だからいきなりショッピングに行こうなんて言って、付き合ってくれる人ほとんどいなくてさ」


 それは嘘だ。誘いの是非はともかく、ミスティが友達が少ないなんてありえない。ティリルよりもよっぽどコミュニケーション能力もあるし、純粋に学校に、サリアの街にいる時間も長いのだから、知り合う相手の数だって多いはずだ。


「マノンさんは?」


「誘ったよ。でも今日は予定があるんだって」


「じゃあ、ゼルさん」


「夏物の買い物よ? あんな野暮助連れていってどうするの」


「あとは、……ルースさん?」


「やめてよっ。だったら一人で行くわ」


 頬を膨らませながら、ミスティが怒った。そんなに怒ることないのに。ティリルは少しだけ、ルースのことを不憫に思った。


「てか、他の誰と行くって話じゃないの! 私は、ティリルと一緒に買い物に行きたいのよ。遠回しに他の人を勧めてくるくらい嫌なら、はっきり断ってよ!」


 さらに、怒られた。そうだった、ミスティは自分を誘ってくれていたのだった。


「あは、ごめん。ミスティなら他にも友達いっぱいいるだろうにって思ったら、どんどん名前挙げたくなっちゃった。うん、もちろん、嫌ってわけじゃないんだけど、私も今日行きたいところがあって」


 素直に謝った。ミスティに遠慮せず、ティリルの方からパンに一口、かぶりつく。焼き立てには程遠い、硬い噛み応えだったが、十分に美味しかった。


「ああ、そっか。その、どんな用事だか聞いていい?」


「え、うんもちろん。っていうか、ここのとこ毎週行ってるあのお店だよ。先週ちょっと迷惑かけちゃったから、今日はそのことを謝りに行きがてら、またお昼を食べてこようかなって」


「ああなんだ、あそこね。ティリルも一つお店見つけたらずっと通うのねぇ」


「えへへ。だってあそこ美味しいんだもん。店員さんも優しいし、いいお店だよ」


「お気に入りね、ホントに。あ、でもさ。お昼にってことは、午前中は時間あるんじゃないの?」


 人差し指を立てて、ミスティが質問してきた。その一言で、次に受ける提案がティリルにも想像出来た。なるほど、そういう手もあるか。


「ミスティの買い物は、午前中だけで終わりそうなの?」


「うーん、ギリギリかな。でも、どっちにしてもお昼は食べなきゃだし、お店の近くで買い物すれば移動するのは簡単じゃないかな」


「そっか。うん、じゃあ、そうしよう。ミスティのこともタニアさんに紹介できるし、何だか楽しみになってきた」


 微笑みながら、今度はハムにかじりつく。そうと決まると、ティリルの胸中は、わくわくとした期待に満たされた。二人なら、とても仲良くなれるのではないか。他の客がいなくなった頃合いには、仕事も一段落したタニアと、美味しいご飯に満足したミスティ。多分アルセステに対する、悪口とまではいかない小気味よい批評に、のんびりと花を咲かせることだろう。


「よし。じゃあそうと決まれば早く行きましょ。ほら、こんなつまんない食事に時間かけてないで」


「えぇ? 作ったの、ミスティだよ……?」


 がつがつ、と擬音が目に見えてくるような勢いで、パンとハムとを口に放り込み始めるミスティ。つられてティリルも若干早食い気味になる。そうでないといけないような錯覚に襲われ、咀嚼も半端なまま、固めのパンをんぐんぐと飲み込む。そうして、喉に詰めてしまいそうになった辺りで我に帰り、よくない、と思い至った。


 ご飯はよく噛んで食べなければ。


「――と、思うんだけどミスティ」


ひょふじに(食事に)じはんはへるなんへ(時間かけるなんて)むはじゃはい(無駄じゃない)


 器用にパンを口中に詰め込んだミスティは、もごもごとそんな主張をした。よしよし、いつものミスティの調子だ。様子がおかしく見えたのは、ティリルへの頼み事が心苦しかっただけなのか。その程度のことをミスティが気にする、というのも違和感のある話なのだが。


 とまれ、二人はそんな朝食を二人でとり、そして、二人で出かける支度をした。ティリルが着替えをして自分の部屋から出てくると、ミスティが「あなたいつもその服ね。他にないの?」と聞いてきた。


「普段は制服でしょ。着るとしても休みの日だけだし、これと、家から着てきた一着があれば十分かなって」


「十分じゃないわよ。今日、ティリルの服も買いましょ。私が見立ててあげる」


「え、いいよぉ」


 そんな会話をしながら玄関を出た。そして立ち止まったのは、寮から歩いてほんの数分のところであった。



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