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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第九節 闇曜日に街へ出て
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1-9-6.店の奥で







「あっ、お店の方っ? すみません、お騒がせしちゃって――」


 歩み寄ってくる彼女に、慌てて立ち上がり低頭一つ。椅子の重心が崩れ、ルースが危なく転びそうになった。


「いえ、こちらこそ。本当は私共がお声掛けしなければいけないんですが、それができなかったもので、せめてと彼を遣ったんですが。お役に立ちました?」


 少し申し訳なさそうに表情を曇らせるウエイトレス。どういうことだろうか。話が見えない。ティリルがきょとんと首を傾げていると、珍しくルースが神妙な顔をして、


「奥に行こう。ここじゃまずいだろ」

 そう、ウエイトレスに告げた。




「すみません。あの方があなたと一緒にお店にいらしたときに、何となく雰囲気は感じていたんだけど。その、あまり楽しそうなお話をする感じじゃないなって」


 ティリルとルースは、店の奥の小さな部屋に案内された。四人がけの机が一つ。戸棚があって食器や調味料がまとめられていて、お店で使うのだろう野菜や魚介が詰まった箱も、二三転がっている。


 店の人たちの休憩室だという。入ってもいいのかと首を捻ったが、まるでルースがここの主人かのように、いいからいいから、と笑いながらティリルの背中を押しこんだ。


 相変わらず傍若無人だなぁと苦笑しつつも、横目に、店の本当の主人である様子の白髪交じりの壮年男性もルースに会釈しているのが見えたし、ウエイトレス嬢も進んでお茶を出してくれたので、ティリルもあまり気にせずにすんだ。


「本当はすぐに声をかけてあげたかったんだけど、私たち、アルセステさんの機嫌を損ねるようなことはなかなかできなくて……」


「え?」


 女性の言い分に、ティリルは大きく首を傾げた。


 秋の夕日の色をした、艶のあるショートヘア。タニア・ヴァスケスと名乗ってくれた。年嵩で言えばティリルより大分上、恐らくミスティより上であろう、二十後半と言ったところか。その彼女がアルセステのことを怖がっているとはどういう所以だろうか。


「こいつはそのくそガキのことを怖がりすぎなんだよ。ほら、アルセステって大規模な貿易商社の娘だろ。刃向かうと店の仕入れに影響が出ちゃうんだと。馬鹿だよなあ」


「うるさいよルース。あんた店なんて持ってないからわかんないんだよ」


 へいへい、と口を尖らせてそっぽを向くルース。相変わらず、ここでも女性からの扱いが酷いが、今はティリルも彼に同情を向けている余裕はなかった。それよりも、彼女から話の続きを聞きたい気持ちが強かった。


「あの、あなたもルースさんも、アルセステさんたちのことはご存じなんですね」


 もちろん、とタニアが答えた。


 むしろ、そんなことを質問する自分の方が、逆に驚いて見返されたようだった。にやにやと横で笑うルース。どんなことを思われているんだろう。


「ルースも言ってるけど、彼女はアルセステ通運会社の社長の一人娘なの。学院で魔法を勉強しているのにどんな目的があるのかは知らないけれど、その身分を存分に利用して、周囲の人間を思い通りに動かしているって話よ。大概誰でも家業があったり、親兄弟が通運の世話になっていたりで、アルセステ家と問題を起こすと大損害を被ることになるからなかなか異を唱えられない。かくいうこの店も、アルセステ通運を通してグランディアの食材を買っているから、アルセステさんに睨まれるとやっていけなくなっちゃうのよ」


 驚いたけれど、知らないのならばとタニアはそんな説明をしてくれた。最初から、丁寧な言葉遣いは営業用に演じている印象が濃かった彼女だが、そんな状況に困っている、感情が本音に近付いたせいだろうか。さらにぐっとくだけた口調になった。


 周囲の人間を思い通りに……。それは、ティリルが疑問を抱いていた現象を裏付けるような言葉で。


「あ、あの、私ついこの間まで周囲の人たちから酷く疎まれていたんです」つい、自分の話をしてしまった。「なぜだかわかりませんが、突然、今まで話もしなかった同じ授業の人たちが、みんなで私に意地悪をしてくるようになったんです。ノートに落書きしたり、服を汚してきたり。で、アルセステさんたちが、いじめなんて酷いことだから自分たちがどうにかする、って言ってくれた途端に、そういうことが一切なくなったんです」


「正しく、アルセステさんのやりかたでしょうね」


「ただ、少しだけ気になるのは、どうやってみんなにいじめをさせたかっていうことなんですよね。私を除いて他のみんなに話を通す、なんてことがあの教室で可能だったとは思えませんし、授業が終わった後に私以外の皆さんを集めたとも……」


「うーん……、そうねえ。

 さっきも言ったように、彼女は周囲の人たちを自分の言いなりにするような人だからね。何か特別な合図とかあったのかも」


 特別な合図。――言われて悩み込むが、思い当たる節はない。いじめが始まったきっかけは、教室で三人に、『全校に謝れ』と言われたことを断った次の日からだと思うが……。


「それってさ」ふと、ルースが口を挟んだ。「前に俺が研究室棟でティリルちゃんにあった日があるじゃん? あのときティリルちゃんが話してた三人が、そのアルセステ達、だったんでしょ? 確か、今日のアイントちゃんもいたし」


「あ、はい、そうですそうです。あの時が私、彼らと最初に話をした時で」


「へえ、そうなの! じゃあ俺ってばティリルちゃんの初いじめられシーンも救ってあげてたってわけ? わお、運命!」


 あ、えーと……。絶句するティリルの代わりに、肘を入れて黙らせるウエイトレス嬢。ルースと親しい女性たちは、みなルースの扱いが一様に上手くなるのか。


「っていうかあんた、アルセステさんの顔知らないの?」


「ああ。俺に靡かない女の顔なんか覚えてても無駄だからな」


 これから攻略してこうって子は別だけど。にやにやとタニアの顔を覗き込むルースの脇に、もう一撃肘撃ちが入る。絶妙のタイミングだ。


「ま、まあ冗談はさておき……」痛そうに腹を摩りながらルース。「あのときは、俺もちょっとだけ顔見ただけだったけどさ。周りに誰もいなかったし、何かそういう合図みたいなのが出せる感じじゃなかったと思うぜ。もしそういうのがあったとしたら、多分別の時だ」


「ええ。はい。その、いじめが始まった日があって、その前日にアルセステさんたちに話しかけられてるんです。だから、何かあったとしたらその時じゃないかと」


 入れてもらったお茶を一口もらいながら、先程考えていたことを口に出して伝える。ああなんだ、いつだったのかはわかってるんだ。ルースが照れ隠しか、頬を小さく掻きながら頷いた。


「それは、その最初に奴らに会ってからすぐ? やっぱり人気のないところで?」


「あ、いえ。最初に会ってから一週間くらい経った頃で、場所も教し――」


 言いかけて、はたと思い至った。そうだ,あれは教室だった。違和感があった。彼女たちも、こんな話を周囲に聞かれたくはないはずだと、思い込んで油断していた。アルセステ達とのやり取りを、そういえば周囲の人たちにしっかりと見られていたのだ。


「そっか。あのときだ……」


「何か、思い出したのか」


「はい。その、教室でみんなの前で言葉をかけられたのを思い出しました。そうだ。確かあのとき、『あなたみたいな嘘吐きとは誰も関わりたくないでしょうね』みたいなことを言われたんです」


 確かに言っていた。なぜそこまで言われなければならないんだと、後から憤慨した記憶が強く、覚えているのだ。




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