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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第九節 闇曜日に街へ出て
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1-9-4.ティリルの言い分







「すみませんが」


 一口匙を咥えながら、もぐもぐもぐと咀嚼しながらアイントに言葉を返す。熱い。


「食べ終わるまで我慢するなんて、私もできません。そこまであけすけに喧嘩を売られたら、応えないわけにいかないですよね」


「喧嘩? 喧嘩を売られた? あなた、一体――」


「第一に。

 私は真実、父ユイス・ゼーランドと母シアラ・ゼーランド、旧姓バドヴィアの娘です。これについては以前も申しあげましたが、国王陛下が保証して下さった確かな事実です。なのでこれ以上そのことを疑うと仰るのでしたら、それは私の父母を侮辱するとともに、国王陛下のお言葉を疑うのとも、同じことになります」


「な……、あなた、まだそんな世迷言を――」


「第二に。

 そのことは真実ですが、私自身誰かにそのことを吹聴したことはありません。本当に仲の良い友人と、担当して頂く先生に、自己紹介したことが二、三度あるだけです。学院の皆さんや、特にアルセステさんやアイントさんに対し、それが嘘でも本当でも、私自身が吐いた(ついた)ことは一度もありません」


「なにをふざけたこと……。御自分で言っていない?」


「最後に。

 私自身交友関係が広くは決してない、むしろ狭い方だと思いますが、それでも本当の友情というものには触れたことがあると自負しています。私に関する噂を一方的に嘘と決めつけ、全校の前で謝罪しろ、しないならもう知らない、などと切り捨てる態度に一片たりとも友情を感じることはありません。アイントさんがもし本当に、アルセステさんの言葉や態度を私への情によるものだと感じられているのなら――」


 一度、言葉を溜めた。すっと息を吸い、音を立ててスプーンを置く。


「暴言失礼しますね。私には、あなたがまだ真っ当な友情というものを御存じない、かわいそうな方だというふうにしか受け取れません」


「な――……っ」


 アイントが絶句した。細い目を精一杯丸く見開いて、繋がれた愛玩犬に気を抜いていたら突然噛みつかれた、とでもいうような表情をした。


 清々した。その思いもあった。だが実際は、心臓がバクバク鳴る音が一番大きくて、呼吸をすることさえ難しい程だった。


「さあ、アイントさんも私も、言いたいだけ言いました。お互いの意見の精査は、今度こそ食べてからにしましょうよ」


 にこりと笑って、もう一度スプーンを手に取った。魚の身を崩しながら、その先が小刻みに震えるのを、引き攣りながら見る。その引き攣った顔を精一杯、俯くことでアイントから隠した。ばれていたらどうしよう。表情どころか心臓の音さえ聞こえているような気がして、気が気ではなかった。最後に一呼吸溜めたのも、格好を付けたわけでは当然ない。喋っているうちに喉がからからに乾いてきて、噎せそうになったので一度唾を飲んだだけだ。


 それでも、それほどになりながらも、自分がアイントに言葉を投げつけたという事実が、皿を半分程空けた頃になってようやく、ティリルの気持ちを落ち着かせ始めた。自分はこんなに心がささくれ立っていたんだなぁ、と、冷静に振り返った。そしてようやく心臓の音が小さくなって、あ、この料理美味しい、と舌で感じた時には、もう最後の一口になっていた。


「ご馳走様でした」


 両手を合わせて挨拶をする。先に食べ終わっていたアイントも、黙って待っていたが、ティリルの挨拶に合わせて手を合わせた。


 食後の挨拶など、学生食堂ではしない者の方が圧倒的に多い。


「ゼーランドさんの言い分はわかりました」


 そして、二回戦開幕、と言いたげに、静かに再び話し始めた。


「つまるところ、ご自身が嘘吐き呼ばわりされているのも周囲の人間が悪いのであって、御自身は悪くない、と仰りたいんですね」


「え……」


 言葉を詰まらせる。


 わかっていないな、と思う。自分の言い分は、アイントには全く伝わっていない。ただ、そのことを伝えるのに、またもう一度気合を入れ直さなければと思うと、げんなりする。元来口論など苦手なのだ。ましてやこちらの意見にまるで耳を貸そうとしない者とのやり取り。また急激に、緊張が高まってしまう。「意見の精査は後ほどにしよう」などと言ったものの、そんなことをする覚悟が決まっていたわけでは、全然なかった。


「ですがそれは、あまりに自分勝手な言い方ではないですか? 周囲の人間にそれだけの混乱をもたらしておいて、何の責任も感じないなど――」


「そりゃ当然でしょ。ティリルちゃんに責任なんて全然ないんだし」


 ふと、別の声がした。


 驚いて背後を振り返る。自分の椅子の背凭れに右手をかけて、ルースがそこに立っていた。軽薄な金色の髪をツンツン立たせて、学外だと言うのにいつもの制服のワイシャツをルーズに着崩している。


「は? あなた、どなたですか?」


「ティリルちゃんの友達。いやさ、ここの店の店員ちゃんと仲良しなんで、久しぶりにご飯食べに来たわけよ。そしたらなんか、ティリルちゃんが前にどっかで見たような美人さんと一緒に入ってくるじゃんか。こっちに全然気付かない感じで真面目な話してるみたいだったから、話しかけるタイミングを窺ってたんだよね」


 いつにもまして軽佻な語り口のルース。わざとなのか、それとも今日は取り巻きがいないことが何か関わっているのか。そういえば、いかにも二人に向けて話しているような口振りだが、目線は全くこちらに向けられない。にやにやと向けられる視線は、ただアイントばかりを狙っている。


「聞き耳立ててたみたいで悪かったなとは思うんだけど、まぁ聞いてりゃ随分一方的な話をしてるなぁって、横で笑わせてもらっちゃった。なに、ティリルちゃんが嘘吐きだって学院のみんなが思ってるって。そんな設定で劇でもやるの?」


「は? 劇? 失礼ですけど、あなたには全く関係のないことですよね。人の話を盗み聞きするなんて、あまり行儀のよい行為ではないと思いますけれど」


 対するアイント。明らかに機嫌は悪い。


 突然割り込んできたルースのことを明らかに敵視している。先程までの無礼ながらも慇懃な態度が崩れ、ただ単純に不快な表情を顕わにしている。さっさとルースに退席してほしい。そんな本音が露骨に表れている。




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