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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第九節 闇曜日に街へ出て
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1-9-3.アイントと入る食堂







「あなたが私たちを、特にラヴェンナさんを苦手としているのは、見ていればわかりますからね。全く、理解し難い……」


 訂正。やはり多少の嫌悪感はある。


 あのアルセステのやり口を前にしたら、苦手とするのは当然ではないか。眉間に皺を寄せ、ティリルも負けじとアイントを睨みつけた。


「何か? 言いたいことでもおありなのでしょうか?」


 敏感に受け取って、アイントが聞く。言ってやろうか、どうしようか。目頭に熱を感じながら、それでも口を開くに最後の勇気を探しあぐねていると。


「ちょうどいい機会ですしね。私の方には、あなたに言いたいことが山程あるんです。いかがです? もしまだでしたら、一緒にお昼など」


 思いがけない一言をもらい、眉間に寄せていた皺がぱっとなくなった。ぽかんと開いた口からは「え」、だの「あ」、だの意味を成さない母音ばかりが零れ落ちる。頓狂な自分の表情までが、アイントにとっては想定内だったのだろうか。返事も聞かぬうち、足の向きを変えて早速歩き出そうとしている。


 その勢いに圧されてしまったからだろうか。「あ、待ってください」などと、ティリルも気が付くと、小走りにアイントの後を追っていた。そしてそのまま、なぜかティリルは、自分のことを迫害してきた三人のうちの一人、シェルラ・アイントと昼食をともにすることになっていたのだった。




「早速なんですけど」


 アイントに連れられて、ティリルは一軒のレストランに来た。「エレシア満腹堂」。港から獲れたての魚を使った煮物焼き物を看板にしている、味のある食堂といった風情。お洒落とはイメージが異なるが、味も店員の対応も安心できる、落ち着きのある店だった。


 少し慣れれば、こういうお店こそ一人で来るのに楽なのだが。さすがに、情報もなく一人で入るには敷居が高かっただろうなぁ。きょろきょろと店内を見回し、そんなことを考えていた矢先、まずはアイントが口を開いた。


「ゼーランドさんに何を置いても聞いておかなければならないことがあるのですが、実際のところ、あなたはラヴェンナさんのことをどう思っていらっしゃるのですか?」


「え……?」


 早速過ぎるアイントの切り口に、ティリルは閉口した。


 どう思っていると言われても――。何と答えてよいものやら、言葉がうまく出てこない。正直になど、言えるはずもない。


「私から見て、ラヴェンナさんほどあなたのことを考えている学生は他にいません。その彼女の言うことを、なぜあなたは全く聞こうとしないのですか?」


 耳を疑った。アイントが何か駆け引きでも弄しているのだろうか。だが彼女の目にそういった裏は感じられない。あまりに真っ直ぐなその目を見ていると、くらくらと頭が重くさえなってくる。


「ええと、あの……」


「他者の好意を素直に受け取れないあなたが、私には不思議でならない。一体あなたは、何を考えていらっしゃるんですか?」


 ティリルが必死に言葉を探す間に、アイントは次から次へと異次元のセリフを紡いでくる。ちょっと待ってと、ティリルは心の耳を塞いだ。一度言葉の波を遮らないと、理不尽を感じることさえ難しかった。


「たとえばあなたが砂漠で行き倒れたとして、その時に――」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 強引に、言葉を区切った。


「本気で、そう思ってるんですか?」


 念のため、確認する。今まで、アルセステも後ろの二人も、嫌がらせと知ってしているのだとばかり思っていた。まさか、彼女たちの提案や行動が、少しでもティリルのためになるなどと誰も思わない。彼ら自身でさえ、それは思っていないことだと信じて疑わなかった。


「もちろん。本気で思っています」


 だが、それは違ったらしい。少なくとも、いつもティリルに悪意を放っていないように感じられていた、アイントに限って言えば。


「それじゃあアイントさんは本気で、私が全校の学生や先生方の前で、自分が嘘吐きだと宣言するのが私自身のためだと、本気で思っていらっしゃるんですか?」


「ええ。あなたが吐いた嘘を取り戻すには、それくらいの衝撃が必要だと思います。そうでなければ、皆のあなたへの印象は、全く変わりようがないでしょう」


「みんなの私への印象?」


「あなたがどうしようもない大嘘吐きだという印象です。実際、あなたについてはバドヴィアの娘だなどというとんでもない風評が学院内に流布している状況ですが、誰もそれを真実だとは思っていない。それは感じていらっしゃいますよね」


 次に用意していた言葉を飲み下してしまう。今の発言の後半については、確かに、認めざるを得ない。


「で、でも、だからって……」


「皆があなたのことを嘘吐きだと思っている状況です。素直に嘘を認め、皆に謝罪する。それ以上によい手段は、私には思いつきません」


 言いきったところで、ちょうど二人の料理が運ばれてきた。今日とれとれの白身魚を、米と一緒にトマトソースで煮込んだという漁師料理。とても美味しそうな匂いがしたが、悲しいかな今は何を食べても不味く感じそうだ。


「ひとまず頂きましょう。冷めてしまってはつまりませんから」


「…………」


 アイントの言葉に、沈黙で答える。

 幸いなことに、いくら気弱なティリルでも、アイントの言葉の一つ一つへさすがに怒りは感じていた。このまま何も言い返せずに泣き寝入り、などという状況にはならずにすみそう……、いやそれどころか、何も言い返さずに食事に興じることさえ難しそうだった。




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