1-8-4.フォルスタは話さず
いつの間にか、肩に乗っているダインの手をそっと右手で握ってしまっていた。慌ててその手を引き込めると、ダインが優しく微笑んでくれているのがわかった。
「美人でした? 可愛かったですか?」
「だから、そんなもの全く印象に残ってないよ。もういいだろうその話は」
「ええーっ、私、シアラ・バドヴィアのことなら何でも知りたいんです! もっと教えてください!」
「そんなもん、フォルスタ師に聞けばいいだろう!」
えっ。聞き返す、リーラとティリルの声が重なった。フォルスタ師がバドヴィアの思い出話に詳しい、など初耳だ。それこそどこかで直接会ったことがあるのだろうか。
「あれ、ティリル、まだ聞いてなかったの?」
ミスティが、むしろ知らないことが意外だと口を大きく開けた。なんだか自分とリーラだけ輪の外にいるような気持がして、ダインの手をそっと肩から外した。
「フォルスタ先生は、バドヴィアの養父であり先々代の宮廷魔法使だった、ネレーザ・ライスワイク師の弟子。だから、幼少期のバドヴィアと何度も顔を合わせていらっしゃるのよ」
今度は、疑問符すらも口から漏れ出さなかった。驚きのあまりにフォルスタ師の顔をまじまじと睨みつけてしまう。そんなこと、師も、ダインも教えてくれなかった。ミスティもゼルもマノンも、この表情を見るに最初から知っていた。彼らも、教えてはくれなかった。
「ほんとですか! えっと、フォルスタ、先生? ほんとに子供の頃のバドヴィアのことを知ってるんですかっ?」
眉を一つ大儀そうに動かしながら、師は静かに頷いた。うっわぁ、とリーラは感激の声を震え漏らす。
「学院にそんな先生がいたなんて、全然知りませんでした! 私、本科に上がったら絶対フォルスタ先生の研究室に行きます! どうかよろしくお願いします」
「そういうことは本科に上がってから言うんだな」
冷たい声で、師はリーラの歓声を一蹴する。
一方のティリルは、そんなやり取りを茫然と眺めながら、話の内容を頭に留めるのに必死になっていた。
数刻して、ネスティロイは城へ帰った。
一同も解散する。ミスティとゼルとマノンは、彼らの研究室へ。ティリルはフォルスタとダインと、フォルスタの研究室へ。リーラは必死に、フォルスタに着いていくと我を張ったが、師の堅い拒絶に遭い泣く泣くその場で別れることになった。ゆっくり話せずごめんなさい、とティリルは謝ったが、そんなこと、もうどうでもよくなっていたらしかった。
去り際、マノンがティリルに耳打ちしてよこした。
「ミスティが言う通り、ティリルさんはとっても素直で可愛らしい方ですね。またぜひ遊んでくださいね」
いたずらっぽくにこりと笑った彼女に、ティリルは気の利いた返事をすることはできなかった。ミスティが何を言っていたのか、その部分に疑問を抱くことさえ、すぐにはしなかった。
研究室でも、ティリルは口を開かない。いつものように師にノートを見せ、一言二言意見をもらい、わかりましたと頷く程度。「どうかした? 何かショックだったの?」とダインが訊ねてくれたが、首を横に振るだけで、声が出なかった。
フォルスタが、幼い母と同じ研究室にいたなんて。幼い母と、会話をしたことがあったなんて。その事実の、何に衝撃を受けているのか自分でもわからぬまま、ティリルはただ、ぼんやりとし続けた。
怒りではない。落胆でもない。もちろん歓喜でも、驚愕でもない。敢えて言うなら、自身への疑念。だがそれをまだ、自分自身で自覚できていなかった。




