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遙かなるシアラ・バドヴィアの軌跡  作者: 乾 隆文
第一章 第七節 ラクナグ師の補講
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1-7-7.四人で受ける補講







「まずは、なるべく小さな光を呼び出してみろ。指先を立てて意識を集中し、そこに、強い熱量を持ったなるべく小さな光の球を具現する」


「――はい」


 いつもの、ティリルだけの呪文。『精霊さん。私の指先に光をください』アルセステ達には聞こえないように、小さな小さな声で囁く。現れた光は拳ほどにも大きく、歪で、左手の指先で触ってみても仄かな温かみが感じられる程度の熱量でしかなかった。


「光を召喚する魔法は、召喚魔法の中では難しい部類に入る。いつも以上の意志の力が必要になるだろう」


「……はい」


 ラクナグ師の、「もっと精度を上げろ」の指示に、ティリルは素直に頷き魔法への意識を強める。


 だが、具体的に何かやり方を変えたわけではない。精神論だけで劇的に結果が出せれば苦労はない。やり直した結果、ほんの僅か球が球形に近付いただけでも、十分すぎる成果だと言えよう。


「まぁすごい。さすがラクナグ先生ですね。たった一言だけで、ゼーランドさんを劇的に上達させてしまうなんて!」


 だと言うのに、ギャラリーからの一声は、何ともわざとらしい師への褒め言葉。集中力が一瞬で霧散し、眉間に皺が寄る。アルセステは、一体何を考えているのだろう。何を狙っているのだろう。


「てゆーか、ゼーランちゃん、相変わらず魔法へっただよねー。どうしてそんな実力で、バドヴィアの娘なんて大ボラ、平気な顔で吹けるんだろ。謎だわー」


「うるさいぞ」


 ルートの罵言を、ラクナグが一喝する。


 プレッシャーなど感じる必要はない。師の視界にいる限り、アルセステ達が自分に、下手な真似をすることはできない。こうやって集中力を奪うような野次を飛ばすのがせいぜい。気にしたら負け。しなければ、ティリルの勝ち。それだけのことだ。


「ふ……、む。そうだな、具象を指先に集中させるのをやめるか。ゼーランド。今度はその光、目の前に浮かばせてみろ」


「え、目の前、ですか?」


「そうだ。両目のすぐ前。火傷しない程度に顔の近くに、だ」


 訳がわからないながら、はい、と返答。先程と同じ手順で、ただし指は立てずに両の手は膝の上。あまり恰好よくはなかったが、気にせずティリルは精神を集中させ、呪文を口にした。


 両目の視界が重なるか重ならないかの位置に、その球は現れた。親指の爪程の直径。先程よりもずっと小さく、また球の形にまとまっている。そして――、


「熱っ」思わず仰け反って顔を遠ざけてしまうほど、先程と比べ物にならないくらいに、それは熱量を持っていた。


「……はぁ」


 感動に、気が抜けた。その瞬間、光は弾けた。


 本当のところ、こんなやり方をしても役には立たない。先程までの、指先に具現させていた拳大の光は、それでもティリルの支配下にあった。ある程度の時間それを保つことができたし、指先に安定させて移動させることも可能だった。目前に生じさせたそれは、小ささも熱量もずっと優れていたけれど、あれ以上十秒も維持させられる自信はなかったし、熱く感じないところまで離すことさえ操れなかった。


 その意味で、ラクナグが試させたやり方には、大した意味はない。少なくとも、ティリルには深い意味は感じられなかった。ただ、ティリルにもそれだけのことはできる、という自信をつけさせるため。それくらいの意味としか受け取っていない。いつも、そうだった。


「すっごい! 今度はあんなに精度の高い魔法を使役させてしまうなんて! やはり素晴らしいです、ラクナグ先生」


「うるさい、と言っている。追い出すぞギャラリー」


 じろり、一瞥。睨まれても、叱られても、アルセステは満面の笑みを崩さない。


「しかし、ほんの少しやり方を変えるだけでそれだけのことはできるんだ。後は、習熟次第だな」


「――ええ。はい」


 静かに、ティリルは頷く。


 ラクナグがそう言ってくれるのは、素直に嬉しい。だが、その言葉がいつまでも胸の奥にまで響いてくるかと言われれば、そういうわけでもなかった。


 師の教え方は、確かにすごい。彼の指示に従えば、劇的に自分の魔法は上達する。だが、それはあくまで「ティリルの底力がどこまであるか」を示すだけにすぎない。目先に現わした光球を使いこなすには、指先に召喚できるようにならないといけない。だが、その方法までは師も示してはくれず、結論としては当たり前だが、「修練あるのみ」。この一言に、道程の遠さを感じ、落ち込むことなどしょっちゅうだった。


「いつもこういった補講をされてるんですか?」


 アルセステが、口を挟んだ。


「ああ。ゼーランドには必要なことだからな。どうだ、お前たちには必要がないことがわかったか?」


「いえ! とんでもない。少なくとも、私にはとても興味深い内容でした。スティラとシェルラにはどうだったかしら?」


 アルセステに促され、横の二人も順番に口を開いた。


「えー、スティラはぁ、うーん、ちょっと退屈だったかなー。やっぱり見学だけなんてつまんない。自分でやんないとおもしろくないよね」


「スティラ! ああ、いえ、すみません。先生も、ゼーランドさんにも。私はラヴェンナさんと同様、とても貴重な体験をさせて頂けていると感じています。魔法行使に於いて、こんな教授法があるのか、と。それを拝見することは、大変参考になりますわ」


 屈託のないルート、慇懃に頭を垂れるアイント。アルセステとはまた違った心持で、補講への意欲を示す二人の様子に、ラクナグはますます苦い顔をした。


 こんなに露骨に嫌な顔をされているのに、三人ともまるで動じていないようだ。ティリルは段々、そのことに驚きを抱き始めた。普通教員から眉を顰められたら、自分の挙動や成績に対して不安を抱くのが第一ではないか。なぜこんなに、それこそティリルに嫌がらせをしたいという程度の目的で、不要な補講を望むことができるのだろうか。ラクナグにもそれがわからない様子だったし、ティリルも皆目理解ができなかった。


「そういうわけで、来週からは私たちも見学ではなく一緒に補講をお受けしたいのですが、よろしいでしょうか? 先生」


 にんまりと、まるで獲物を狙う蛇のような目で笑い、アルセステはラクナグを見た。もちろん獲物は師ではない。ただ、目的のためなら学院の師ですら怖くはない。彼女の目はそうも言っていた。


 不承不承、師は溜息を吐く。それ以上ラクナグですら、アルセステ達を拒むことは難しそうだった。どうやらティリルも、覚悟を決めなければいけないようだ。いよいよ、来週以降このラクナグ師の補講を、アルセステやルート、アイントと一緒に受けなければいけないという事実に。気は重いが、耐えられない程ではない。悪口雑言積み立てられようが、聞き流せばよいだけ。少なくとも、露骨な罵言にはラクナグが睨みを利かせてくれるだろう。


 不特定多数の見知らぬ人たちから嫌がらせを受けていた今までに比べれば、余程マシな状況だろう。ティリルは開き直ることにした。


 だが、その思いがまるで甘いものだったと思い知らされるのに、そう長い時間は必要ではなかった。




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